第2章 経済成長の理論 |
【補論2】 均斉成長経路の一般的展開とターンパイク安定性 1 一般利潤率と価格体系 以下では、本文中の諸命題についてより一般的なモデルのもとで、完全な証明を与える。最初にモデルを提示しておこう。財はn種類存在し、第i財を生産するための技術(a1i,a2i,・・・・,ani,li)は唯一与えられていて、固定資本、結合生産物は存在しない。ただし、aijは第i財を1単位生産するのに必要な第j財の量で、liは、同じく労働の量である(i=1,2,・・・・,n)。また、技術は時間的に不変であると仮定しよう。 第t+1期の生産に必要な財、第t+1期の生産に投入される労働の再生産に必要な財は、第t期の生産物によってまかなわれる。第t+1期の生産のためにこようされる労働者はその生産に先立って賃金の支払いを受け、t期の生産物に支出する。単位労働当りの実質賃金バスケットは、列ベクトルd=(d1,d2,・・・・,dn)であらわされ所与とする。ただし少なくとも、その一つの要素は正である。 資本家は、利潤の中から一定の割合c(0≦c≦1)を消費として支出する。第t気乗り順は第t期の生産物に支出され、その消費に関する構成比は列ベクトルb=(b1,b2,・・・・,bn)で表わされる。したがって、第t期の生産物に対する消費ベクトルCtはこのbのある一定倍となっている。また、各部門の資本家は、利潤の残余部分を次期の生産拡大のための追加的生産財、追加的労働力の購入に当てる。<1> まず、資本家による利潤からの消費支出があるために、利潤をはかるための価格体系と利潤率を確定しなければならない。価格体系は、毎期定常的な均衡が成立しているものとしよう。このときの均衡条件を調べてみよう。wを賃金率、p=(p1,p2,・・・・,pn)を均衡価格行ベクトルとすると、 n w=pidi=pd i=1 さらに一般利潤率rは次の条件を満たすものとしてあらわされる。 n pj=(1+r)(piaij+wli) i=1 また、Aを、その第i行j列要素がaijであるような正方行列であるとすると、 p=(1+r)(pA+wl) さらに、これは、 p=(1+r)p(A+dl) (1) とあらわされる。ただし、lは(l1,l2,・・・・,ln)の行ベクトルである。またここで、dlはn次元正方行列となり、そのi,j要素diljは、第j産業が1単位の生産を行なうことにって発生する、労働者の第i財への消費需要量である。これまでの前提だけでは、(1)がr,pについて経済的に有意な解をもつかどうかはわからない。そこで、技術と実質賃金ベクトルによってあらわされるA+dl行列について、次の諸仮定を設けよう。 <仮定1> 行列式|I−(A+dl)|はホーキンス=サイモンの条件を満たす。ただしIはn次元単位行列である。 <仮定2> A+dlはプリティブである。 <仮定3> A+dlは分解不能(Indecomposable)である<2>。 仮定1は、技術が労働力の再生産に必要な財を賄った後も、さらに剰余を発生させることができる水準にあるということである。また逆に、実質賃金水準がその範囲に押しとどめられているといってもよい。これは、置塩氏の剰余条件に対応するものである。仮定2は、すべての財の生産に労働が必要である場合、必然的にみたされるものである。すなわち、di>0である場合、dlの第i行は必ずすべて正になるからである<3>。したがって、この仮定もそれほど強い仮定ではない。仮定3は、絶対に必要なものとは言い切れない。というのは、このモデルの場合、資本家の消費のためだけに生産される財の存在する可能性がある。すなわち、それらの財が実質賃金財バスケットの構成要素でもなく、その構成要素を生産するための投入財ともならない場合、A+dlは分解可能な行列となりうる。そして、その分解可能性のもとでも、以下の議論の基本的結果を導出できる可能性はあるが、議論を不必要に複雑にしないようにこの仮定を設ける。 この仮定のもとで、(1)の体系について次の定理の成立が容易に証明できる。 <定理1> 仮定1、3のもとで(1)式はp>0,r>0の解をもち、d,l,Aのどの要素の増加も利潤率rを減少させる。 証明 A+dlについての固有値問題を考えると、仮定1、3が成立しているもとでは、そのフロベニウス根は1よりも小さく、対応する固有ベクトルは要素がすべて正である<4>。すなわち、フロベニウス根を1/(1+r')とすると、 1 =p'(A+dl) 1+r' となる。0<1/(1+r')<1より、r'>0、p'>0であり、これが(1)の解となる。また、A+dlのどの要素の増大もフロベニウスの定理と仮定3によってその固有根1/(1+r')を増大させるので<5>、一般利潤率rは減少する。 証明終わり この定理は、仮定の表現を変えたものといえるくらい、直接導出されるものである。しかし、その経済的意味は確認しておく必要がある。仮定1は、社会的な剰余の存在を保証する仮定であるから、一般利潤率が正となることは確実に予測できる。また、A、lは社会的な技術状況、水準を表現しているのであるが、その要素の増大は技術水準の低下を意味し、その場合剰余を生産する能力が低下することも十分予測できるものである。また、dの要素の上昇は、実質的な賃金水準の上昇を意味し、このとき利潤率が低下することを、この定理は示している。 2 均斉成長経路の存在と不安定性 次に物量的な体系を調べよう<6>。第t期の生産物の産出列ベクトルをxt=(xt1,xt2,・・・・,xtn)としよう。その産出に対する需要は、われわれの想定のもとでは次のように発生する。まず、われわれは、本文と同様に、生産物は毎期完全に需要されることと、需要された生産財はすべて使い尽くされることを仮定しよう。このとき、生産財の補填需要はAxt、生産を拡大するための投資需要はA(xt+1−xt)となる。また消費財としての需要はt期に雇用された労働者の消費需要dlxtと、投資にともなう追加的雇用による需要dl(xt+1−xt)、そして資本家の消費需要Ct(列ベクトル)である。毎期需給は均衡するので、 xt=Axt+A(xt+1−xt)+dlxt+dl(xt+1−xt)+Ct =(A+dl)xt+1+Ct となる。っこで、資本家の消費ベクトルCtについて詳しく考察しよう。そのためにt期に生み出される総利潤をΠtであらわそう。すると、あきらかにpCt=cΠtである。cはすでに定義した資本家の消費性向である。一方、Πtは、 r Πt=rp(A+dl)xt= pxt 1+r であらわされる。さらに資本家の消費支出の構成比はbであるので、各期の財の購入ベクトルは、この一定倍になっている。この倍数をαtとすると、Ct=αtbであるから、 cr pαtb= pxt 1+r となる。これをαtについてとくと、 cr p αt=()・xt 1+r pb であるから、結局Ctは、 cr bp Ct =()・xt 1+r pb となる。ここで、行列Bを次のように定義しよう。 cr bp B= ()・ 1+r pb すると、需給均衡式は、 xt=(A+dl)xt+1+Bxt となり、右辺第2項を左辺にもってくることによって、 (I−B)xt=(A+dl)xt+1 (2) をえる。これは、拡大再生産の基本方程式と呼ばれるものである<7>。 ここでは、価格体系になかったB行列が入っていることが最大の特徴となっている。この行列は、資本家の消費需要行列であり、労働者のdl行列に対応するものである。ここでの前提から、資本家の消費によって生産された財が食いつぶされることはありえないので、|I−B|がホーキンス=サイモンの条件を満たすだろうことは容易に想像がつく。実際次の補題は、(2)の拡大再生産経路を特徴づける上で重要な役割を果たす。 <補題1> I−Bは非負の逆行列をもち、(I−B)-1(A+dl)は分解不能かつプリミティブな非負行列になる。 証明 Bの定義により、 cr bp cr 1+(1−c)r p(I−B)=p−p()・=p−()p= p 1+r pb 1+r 1+r (3)1−c≧0より、最右辺は正である。よく知られているように、q(I−B)=yという連立方程式があるyにたいしてq≧0という非負解をもつとき、I−Bは非負の逆行列をもつ<8>。したがって、この場合のI−Bもそのような性質をもつことがわかった。また、そのときフロベニウス根は1よりも小さいので、 (I−B)-1=I+B+B2+B3+・・・・・・ で<9>、この右辺は収束する。Bm(m=1,2,・・・・)はすべて非負であるから、 (I−B)-1(A+dl)≧A+dl が成立する。したがって、この右辺が分解不能かつプリミティブであるから左辺もそうである。 証明終わり これらをふまえて、均斉成長経路の存在に関する次の定理を証明しよう。ここで、資本家の貯蓄性向sをs=1−cとして定義しておこう。 <定理2> 仮定1,2,3のもとで、初期条件を適当に与えれば、その構成比のまま、すべての財を生産し、成長率gがsrに等しくなるような均斉成長経路が存在する。また、この成長経路は不安定で、(2)を満たす経路のうち持続性のある経路この均斉成長経路以外に存在しない。 証明 (I−B)-1(A+dl)は、補題1により非負行列で分解不能であるからフロベニウス根が存在し、それを1/ηとし、その固有ベクトルをxとすると、x>0となる。すなわち、 x=η(I−B)-1(A+dl)x (4) である。ここで、g=η−1とおこう。したがって、成長率がgで部門構成がxであり続けるような均斉成長経路が存在することがわかった。しかし、これだけの議論ではこの成長率が正(g>0)となる保証は何もない。もちろんη>0であるが、必ずしもg>0とはならないのである。もし、g<0になればそれは縮小再生産である。しかし、われわれの仮定のもとでは、成長率が正となることが次のようにしてわかる。 そこで、(4)式の両辺にp(I−B)をかけると、 p(I−B)x=ηp(A+dl)x となる。この左辺に(3)を代入し、右辺に(1)を代入すると、 1+sr η px=px (>0) 1+r 1+r となる。したがって、η−1=sr、すなわち、g=srとなる。われわれの仮定のもとでは、利潤率rは正であるから、資本家が少しでも貯蓄する限り(s>0)均斉成長率は正となるのである。すなわち、均斉成長経路は拡大再生産経路である。以上で、定理の前半が証明されたことになる。 いま、(I−B)-1(A+dl)の1/η以外の固有根を1/ηi(i=1,2,・・・・,ν、ν<n)としよう。また、それに対応してgi=ηi−1としよう。(I−B)-1(A+dl)は分解不能であるから、1/ηは単根でかつフロベニウスの定理により1/η≧|1/ηi|である。また、さらにそれがプリミティブな行列であることから1/ηと絶対値が等しい固有根は存在しない<10>。したがって、1/η>|1/ηi|であり、 1 1 > 1+g 1+gi となる。したがって、|gi|>gである。分解不能の仮定によって、giが実数となるものの中に、固有ベクトルが非負となるものは存在せず<11>、いずれかの要素は必ず負となる。またgiが虚数で、その絶対値はすべてgよりも大きいので、いつかは成長の運動にしはい的な影響を与えるようになり、固有ベクトルの符号を周期的に反転させる。これらのことを考慮すれば、構成比がxと異なる成長経路は、時間がたつといずれかの構成要素が負とならざるを得なくなることがわかった。これで、定理の後半も証明されたことになる。 証明終わり 3 資本蓄積の最大化問題とターンパイク安定性 ここで定式化された均斉成長経路が最適蓄積経路のターンパイクとして機能することを示す<12>。そのために技術と実質賃金について次の追加的な仮定を設ける。 <仮定4> A+dlは非特異(Nonsingular)行列である。 資本蓄積ターンパイクを問題にする場合、目的関数をどう設定するかについて選択の余地があるが、この場合、均斉成長経路がターンパイクとして機能する点で結果的な差はない。すなわち、いずれの目的関数のもとでも、計画期間のうちターンパイクから一定距離(原点における角度ではかられる)以上はなれる期間は、計画期間の長さに依存しないある一定の長さ以上にはならない。 ここでは問題を次のように定式化する。 max. μ s.t. (I−B)xt≧(A+dl)xt+1 t=0,1,・・・,T−1 (I−B)xT≧μηTxf (I−B)x0>0 x0:given. xf0 ここで、μはスカラーである。すなわち、この問題は、初期の生産財として利用可能な財のストックと目的とすべき最終期の、その後の期の生産に利用可能な財ストックの構成比xfを最大化するものである。ここでの、第二の条件式の右辺にηTがかけられているが、これは証明の便宜のためであって、実際これが存在しようとしまいと最適成長経路そのものはまったく影響を受けない。 以後、この問題の解としての最適経路をx0,x1,x2,・・・・,xTであらわそう。そして、ここではまず、この最適経路がある等号経路、すなわち制約条件式をすべて等号でみたしているようなある経路に接近していることを示そう<13>。等号経路とは次期生産に使用されないような財の余剰がまったく生み出されていないような経路である。これは、マッケンジーがノイマンファセットへの接近と呼んだものに対応している。それは、最大成長率を実現する技術の支配的使用と等号経路への接近という2つの内容を含んでいるが、われわれの場合、各部門とも技術は一組しか持っていないので、等号経路への接近だけを問題にしている。 この等号経路への接近を示す上で、制約条件を満たすある特殊な実行可能経路が決定的な役割を果たす。これは、ラドナーによって導入されたきわめてエレガントな方法によるもので、しかもそれは単に技巧的な巧さというよりも、最適経路の本質をくっきりと浮かび上がらせる点できわめてすぐれたものである。その特殊な実行可能経路とは、第1期の生産量をいきなり均斉成長経路の構成比にのせてしまい、その後はこの均斉成長経路上を成長して最後の期に目的の産出構成比を、最大の規模で実現するという成長経路である。したがって、この実行可能経路は、最初の期と最後の期を除いてあとの期はすべて均斉成長経路上にいることになる。したがっていま、(I−B)x0≧ζ(A+dl)xを満たす最大のζをζmとしよう。xは先の固有ベクトルで、その定数倍はすべて有効だったので、以後このζmxをただのxとかくことにしよう。するとこのxは以後均斉成長率g(=η−1)で成長することになるので、その経路は次のように表現できる。 x0,x,ηx,η2x,・・・・,ηT-1x この経路は、問題の制約条件を完全に満たす、実行可能成長経路である。しかし、最適経路であるとは限らない。最適経路は、この実行可能経路かそれ以上の最終的な資本蓄積を達成しなければならないことは確かである。そこで、いま、この実行可能経路によって実現できる最大のμを考えてみよう。すなわち(I−B)ηT-1x≧μηTxfを満たす最大のμをμhとする。ところで、この不等式は(I−B)x≧μηxfとも表現でき、μhはこの不等式を満たす最大のμでもあるので、このμhは、計画期間であるTにまったく依存せずに決定できることがわかる。また、不等式の左辺は厳密に正のベクトルであり、xf0であるからμhは必ず正の値をとる。このことが、以下のターンパイク定理の証明にとって重要な役割を果たす。 一方、最適経路によって実現されるμをμmとあらわすことにしよう。明らかに、この最適経路によって実現されるμmは、実行可能経路によって実現されるμhをしたまわってはならないので、 μm≧μh (5) さらに、以下の議論に必要な次の関係を確認しておこう。まず、(4)より、 (I−B)x=η(A+dl)x (6) また、(1)、(3)とη=1+g=1+srの関係より、 p(I−B)=ηp(A+dl) (7) となる。 また、最適経路上での財の余剰をあらわすベクトルをst=(st1,st2,・・・・,stn)(資本家の貯蓄性向のsと混同しないように)として次のように定式化しよう<14>。 (I−B)xt−(A+dl)xt+1=ηtst (t=0,1,2,・・・,T-1) さらに、zt=η-txt (t=0,1,2,・・・,T)とおくと、この式は、 (I−B)zt−η(A+dl)zt+1=st (t=0,1,2,・・・,T-1) (8) とかける。ただし、制約条件より、st≧0である。 以上で、次の補題を証明する準備が整った。以下、ノルム‖・‖は、要素の絶対値の和であらわすとしよう。 <補題2> 任意のε(>0)に対して自然数Kが存在し、T>Kならば、少なくともT−K期間‖st‖<εとなる。 証明 等号経路からはずれることによる損失を次のような方法で評価することにしよう。各期の余剰stを均衡価格pで評価するのである。したがって、最適経路上のすべての価値損失は、 T-1 pst t=0 であらわされることになる。すると、この損失には、計画期間Tに依存しないある上限が存在することが次のようにしてわかる。(8)をもちいると、 T-1 T-1 pst=p[(I−B)zt−η(A+dl)zt+1] t=0 t=0 T =p[(I−B)−η(A+dl)]zt t=1 +p(I−B)z0−p(I−B)zT をえる。この右辺第1項の値は、(7)によって0である。さらに最適問題の制約条件の第2式をηtで割ればわかるように(I−B)zT≧μmxfであり、また(5)式より(I−B)zT≧μhxfであるから、結局上の全価値損失の式は、 T-1 pst≦p(I−B)z0−μhpxf t=0 となる。右辺は、これまでの議論からまったくTに依存しないことがわかる。また右辺が非負の値を持つことは明かである。この右辺をVとおこう。pは前に述べたように、すべての要素が正のベクトルであるから、その中の最小要素をα(>0)としよう。また、その要素がすべて1で構成されている、n次元行ベクトルをeとおくと、 T-1 T-1 αest≦pst≦V t=0 t=0 となる。‖st‖≧εとなる期間をK'とするとest=‖st‖K'であるから、K'はαεK'≦Vとなるものでなければならない。したがって、この条件式を満たすK'の内で最大の自然数をKとおけば、補題は証明されたことになる。 証明終わり この補題が意味していることは、計画期間がある十分な長さを持っていれば、最適経路がある等号経路から、原点の角度によってはかられる一定距離以上はなれる期間が、計画期間に依存しない一定数以上にはならないことを意味している。しかし、注意しなければならないのは、この等号経路がわれわれの均斉成長経路かどうかはまったくわからない。しかし、Tがいかに大きくても等号経路からはずれる期間が常にKでおさえられているので、その等号経路は最も持続性のある経路であることは容易に想像できる。 さらに以下の証明に必要な次の補題もここで証明しておこう。 <補題3> z0,z1,・・・・,zT は、n次元財空間の非負象現内の、原点を含まない、二つの超平面でかこまれた、有界閉空間内にとどまりつづける。そして、その空間は、Tに依存しないようにとることができる。 証明 (I−B)xt≧(A+dl)xt+1に左からp/ηtをかけるとp(I−B)zt≧pη(A+dl)zt+1となる。また(1)より、p(I−B)zt=pη(A+dl)ztが成立する。これらの関係により、 vmaxpη(A+dl)z0=p(I−B)z0≧pη(A+dl)z1 =p(I−B)z1≧pη(A+dl)z2=・・・・・・ ・・・=p(I−B)zT-1≧pη(A+dl)zT =p(I−B)zT≧pμhxfvmin(>0) をえる。したがって、R={q|vmax≧pη(A+dl)q≧vmin}とすると、このRが求める空間となる。 証明終わり 次に、最適経路が接近している経路がターンパイク、すなわち均斉成長経路に他ならないことを証明しよう。一つあらかじめ注意しておくと、以下で証明する補題4,5,6にでてくる計画期間は、最適問題にでてくる計画期間とは異なっている。この点は、定理3の証明のときに示すが、補題の計画期間は全計画期間の内のある部分的な期間で、等号経路に接近している期間である。 仮定4によってA+dlは非特異行列であるから、逆行列が存在する。そこで、次のような差分方程式を考えよう。 1 qt+1= (A+dl)-1(I−B)qt (9) η これは、一般に次のように解くことができる。 n qt+1=h1+βtjhj (10) j=2 ここで、hj(j=1,2,・・・・,n)は、初期条件と(A+dl)-1(I−B)の固有ベクトルによって決まるベクトルである。もちろん、実際上各固有ベクトルの定数倍でしかないから、それ自身固有ベクトルである。βi(i=1,2,・・・・,n)はその固有根をηで割ったものであり、ηそれ自身も固有根であるから、βの中には1という値を持ったものが存在しているが、それを第1番のもの、したがって、β1=1としている。すでに述べたように、(A+dl)-1(I−B)のη以外の固有根の絶対値はすべてηより大きいので、 |βi|>1 (i=2,3,・・・・,n) となる。この経路について次の補題が証明される。 <補題4> 任意のξ>0、任意のω>0に対してある自然数Mが存在して、T>Mかつd(qt,R)<ξ(t=0,1,2,・・・・,T)ならば、 d(qt,h1)<ω (0≦t≦T−M) となる。MはT,q0に依存しない<15>。 証明 d(qT,R)<ξを満たすような経路とTである限り、それらの‖qT‖は有界になる。したがって、‖βTihi‖(i=2,3,・・・・,n)は補題の条件を満たすものである限り、Tから独立で、R、ξにのみ依存する上限を持つ。ところで、 n n ‖βtihi‖=|βi|t-T‖βTihi‖ (11) i=2 i=2 と変形できる。そこで、‖βTihi‖(i=2,3,・・・・,n)の上限をLmaxとして、 n Lmax|βi|-M' i=2 を考えよう。|βi|>1だからM’を十分大きくとれば、 n Lmax|βi|-M'<ω i=2 とすることができる。そのようなM’の中で最小のものをMとすると、T>Mでt−T≦−Mである限り、 n |βi|t-T‖βTihi‖<ω i=2 となる。もともとの(11)より、 n ‖βtihi‖<ω i=2 がこのtについて成立することになるから、結局、(10)を考慮して、 n d(qt,h1)≦‖βthi‖<ω (0≦t≦T−M) i=2 となる。 証明終わり さらに、stが十分小さい最適経路の構成部分と等号経路の距離について次の補題が証明される。 <補題5> 任意の自然数T、任意のδ>0に対して、ε>0が存在して、‖st‖<ε(t=0,1,2,・・・・,T)ならば、d(zt,qt)<δ(t=0,1,2,・・・・,T)となる。ただし、qt(t=0,1,2,・・・・,T)は、(9)を満足し、q0=z0となるような経路である。 証明 (8)式より 1 1 zt+1= (A+dl)-1(I−B)zt− (A+dl)-st η η となる。ここで、 1 D=(A+dl)-1(I−B) η とおこう。したがって、 1 t-1 zt=Dtz0− Dt-k-1(A+dl)-1sk η k=0 となる。一方、(9)式よりqt=Dtq0であるから、 1 t-1 d(zt,qt)=‖ Dt-k-1(A+dl)-1sk‖ η k=0 となる。また、Dt-k-1(A+dl)=Ftkとしよう。ただし、Ftk=(fij)である。もちろんfijもt,kに依存するが、記号が複雑になるので省略している。そこで、ノルムの性質から、 t-1 t-1 ‖Ftksk‖≦‖Ftksk‖ k=0 k=0 また、 n n n n ‖Ftksk‖=|fijski|≦|fijski| j=1 i=1 i=1j=1 さらに、fm=max|fij|とし、‖st‖<ε'とすると上の式は、 n ≦fmn(|ski|)<fmnε' i=1 となる。したがって、このε'が十分に小さくとれれば、fmnε'<ηδとすることができる。したがって、こうしたε'が各期とることができるので、それらの中で、最小のものをεとすると、そのεに対してd(zt,qt)<δ(t=0,1,2,・・・・,T)とすることができる。このεは、Tには依存するがq0には依存しない。 証明終わり 最後の補題として次のものがある。 <補題6> 任意のξ(>0)に対して、自然数Mとε(>0)が存在して、T>M、‖st‖<ε(t=0,1,2,・・・・,T)となるTとεについて、 d(zt,H)<ξ (0≦t≦T−M) となる。ただし、H=R{λx|λ≧0}である。 証明 ξ>0が与えられているので補題4のωをξ/2にとり、Rも与えられているので、Mを決めることができる。そのMに対して、補題5より、 ξ d(zt,qt)< (t=0,1,2,・・・・,M) 2 となるような十分に小さなε>0をとることができる。ただし、ここでz0=q0にとっている。この経路を、q0(0),q1(0),・・・・・,qM(0)としよう。また、一般に、q0(t)=h1(t)+h2(t)+,・・・・・,+hn(t)(t=0,1,2,・・・・,T−M)と記述することにする。すると、 d(z0,h1(0))≦d(q0(0),h1(0))+d(z0,q0(0)) ξ ξ < + = ξ 2 2 となる。次に、q0(1)=z1として、同じεで(εは、初期状態に依存しないのに注意せよ)、 d(z1,h1(1))≦d(q0(1),h1(1))+d(z1,q0(1)) ξ ξ < + = ξ 2 2 となる。同じことを繰り返して、結局、 d(zt,h1(t))<ξ (t=0,1,2,・・・・,T−M) とすることができる。 さらに、h1(t)THとなることは次のようにしてわかる。ztTR(t=0,1,2,・・・・,T−M)だから、q0(t)TRである。このとき、h1(t)Tとなる。なぜなら、(A+dl)-1(I−B)のη以外の固有根ηi(i=2,3,・・・・,n)に対応する固有ベクトルをhi(i=2,3,・・・・,n)としよう。すると、 p(I−B)hi=ηip(A+dl)hi p(I−B)hi=ηp(A+dl)hi となる。第1式は、固有方程式に均衡価格ベクトルpをかけたものであり、第2式は、均衡価格の決定式に固有ベクトルをかけたものである。したがって、左辺が等しいので、(ηi−η)p(A+dl)hi=0となり、仮定によりη≠ηiであるから、結局p(A+dl)とhiは直交している。すなわち、hi(i=2,3,・・・・,n)はすべてp(A+dl)と直交し、原点を通る超平面にすべて含まれている。また、Rは原点は通らないが、おなじくp(A+dl)に直交する超平面で囲まれた有界閉空間である。したがって、h1(t)T{λx|λ≧0}であるから、h1(t)はztを通りp(A+dl)に直交する超平面が、半直線{λx|λ≧0}を切るところにある。すなわち、h1(t)TRである。したがって、h1(t)T(t=0,1,2,・・・・,T−M)となり、補題は証明された。 証明終わり 以上の準備のもとに、われわれの最終目標であるターンパイク定理が次のように証明される。 <定理3> 仮定1,2,3,4のもとでx0,x1,x2,・・・・,xTを最大蓄積問題の解とする。任意の、ξ>0に対して自然数Nが存在し、T>Nならば、T−N期間について、d(zt,λtx)<ξとすることができる。ただしλtはλtxTHとする適当な正の実数である。 証明 補題6より、任意のξ>0に対して、自然数Mとε>0が存在し、Ti>Mかつ‖st‖<ε(t=ti,ti+1,ti+2,・・・・,ti+Ti)ならば、d(zt,H)<ξ(ti≦t≦ti+Ti−M)となる。一方、補題2より任意の与えられたε>0にたいして、自然数Kが存在し、‖st‖≧εとなる期間は、Kを越えない。そこで、‖st‖<εとなる分離した部分期間は最大でもK+1であるが、その一つ、ti,ti+1,ti+2,・・・・,ti+Tiという期間をとりだして考察しよう。 ただし、Ti>Mとする。このとき、 d(zt,H)<ξ (ti≦t≦ti+Ti−M) となる。さらにこれは、 d(zt,λtx)<ξ (ti≦t≦ti+Ti−M) とかける。ただし、λtは第t期に、ztとHとの距離を最小にするようなHに含まれる点を示すように選ばれた正の実数とする。したがって、同じ議論がTi>M となる他の期間にもいえて、最大N=M(K+1)とおけば、T−N期間について、 d(zt,λtx)<ξ が成立する。 証明終わり この定理は、ターンパイク弱定理と呼ばれるものである。これに対して、ターンパイク強定理と言われるものは、ターンパイクからある一定距離以上にはなれる期間が、初期時点とと最終期に集中しているというものである。このモデルについても、何等の追加的な仮定も行なうことなくこれが証明できる。ここでは省略する。 脚注 <1>このモデルは、置塩(1975)で展開されている順調拡大再生産経路のモデルのn部門への一般化である。 <2>行列のこれらの性質については、二階堂(1961)を参照せよ。 <3>同、pp.93,109を参照せよ。 <4>同、pp.70,74,86を参照せよ。 <5>同、p.87を参照せよ。 <6>以下のモデルでは、置塩氏によって定義された順調拡大再生産経路の基本的性質を満たすことを前提にしている。順調拡大再生産経路は、(1)すべての部門での需給均衡、(2)生産財の過不足のない稼働、消耗が毎期成立する、という性質を持つ動学的経路である。こうした経路が研究される基本的動機について、置塩氏は、「資本制が長期にわたって再生産されていくためには、経済はどのような軌道をまがりなりにも運動しなければならないか」同(1967)調べることと、指摘している。同(1975)の中で示された2部門モデルの場合、与えられた条件のもとに、唯一の均斉成長経路が存在し、その経路が相対的不安定性を持つことが明らかにされている。すなわちこの経済モデルの成長経路が持続性を持つためには、その均斉成長経路が不安定であるために、初期状態からその経路上にのっていなければならないことが指摘されている。 しかし、この最後の点については若干の保留が必要かも知れない。というのは、われわれが、以下で示す一般的なモデルの場合、プリミティブという仮定をはずすと、均斉成長経路上を巡回するような経路が可能になるのである。したがって、経路が長期的に持続する、それは生産量が負になるような領域に突入しないことを意味しているが、その条件は、均斉成長経路だけが満たすとは限らないのである。また、Jorgenson(1960)にも指摘されているように、モデルを動学的なレオンチェフモデルの場合、均斉成長経路に収束していく場合もあることを忘れてはならない。 <7>Morishima(1973)の命名法に基本的に同じである。 <8>二階堂(1961)、p.70を参照せよ。 <9>同、p.78を参照せよ。 <10>同、pp.87,112を参照せよ。 <11>同、p.89を参照せよ。 <12>ターンパイク定理は、DOSSO(1958)によって示唆され、Radner(1961)、Morishima(1961)によって、最初の厳密な証明が与えられた。さらに、一般化されたレオンチェフ型の投入産出モデルについての証明は、Tsukui(1962)(1966)(1979)、Mckenzie,(1963)によって与えられた。これらがすべて、最終状態ターンパイク定理あるいは資本蓄積ターンパイク定理と呼ばれるのに対して、経路上の消費フローをなんらかの評価関数によって評価しそれを最大にする、消費ターンパイク定理も、Tsukui(1967)(1979)、Gale(1967)、Atumi(1969)、Mckenzie(1968)、Morishima(1969)などによって議論されてきた。 <13>ここでのターンパイク定理の証明は、Tsukui(1979)のレオンチェフ型モデルの証明に依拠している。モデルが単純なだけ、ここでの証明法は見通しよくなっている。 <14>このstがTsukui(1979)のストックアクティビティの水準に対応する。 <15>距離関数dはノルム‖・‖によって定義されている。 |