第3章 再生産費賃金理論の現代的展開
第4節 結合生産物としての生命と労働力
 ここまで、われわれは再生産費賃金理論とその展開過程をおってきた。この節では、それらの積極面をすべて包含しうるようなモデルを構築することにしよう。そして、それは決して特殊なモデルではなく、現代の数理経済学が用いているきわめて単純な再生産費賃金モデルの完全な一般化となっているものである。第一章で用いた実質賃金バスケットの価格評価として賃金率が与えられるというのは、その特殊な現代的考え方をそのまま踏襲したものである。いま、n種類の財が存在するとしよう。単位労働に対する実質賃金バスケットが(d1,d2,・・・・,dn)であるというのは、これだけの財貨によって一単位の労働を提供することが可能になるという意味をである。対応する価格の体系が、p1,p2,・・・・,pnで与えられるならば、この場合の再生産費賃金率wは、
w=p1d1+p2d2+,・・・・,+pndn (1)
で与えられるというのが、これまでの基本的な考えだったのである。この場合、これまでのすべての要素がこの実質賃金バスケットの中に含まれていると仮定しているのであるが、これでは、すでに述べてきたような再生産費賃金理論の豊かな内容をあらわすことは決してできないのである。
この節でわれわれは、最も基本的なモデルの一般化をはかる。第一に、生まれてから労働可能な世代になるために、基本的な費用がかかることを明示的に導入する。(1)のモデルにおいては、財貨の消費がどの世代によって行なわれているかをまったく考慮していない。そこにまず大きな世代の分割、すなわち労働可能な世代と、その準備世代の区別を導入する。第二に、特に労働可能な世代をより細かな世代に分割する。すなわち、その準備世代から初めて実際に労働可能になった世代(以下、これを第一世代と呼ぶ)、そしてその次の世代としての第二世代というような区別をつけるのである。そして、労働の準備世代は区別することによって、より意味ある分析結果を提供することがないので、すべて一括して第0世代と呼ぶことにする。もちろんそれぞれの世代は、異なった消費パターンを示すことになるだろう。そして、また労働世代については、それぞれの世代が平均的に提供可能な労働量が与えられ、それぞれが必ずしも一致していないとすることができる。実際、労働世代も老齢化すればするほど、その提供可能な労働量は低下するというのが自然な想定であろう。こうした、消費パターンの違いあるいは、提供労働量の違いは世代の生活様式の違いとみることにしよう。われわれは、この段階で各世代は一つの生活様式だけを選択可能であると想定しているが、この過程は後の節で取り除かれることになるだろう。実際、たとえば、消費水準も労働供給量も多い世代と、ともに少ない世代とは存在しうる蓋然性は高い。第三に、それらの各世代は、その世代の期間の間に一定の確率で死亡すると考えよう。したがって、その生存確率が0.9のある世代の100人は、次の世代になるまでに90人しか生き残れないということになる。もちろん各世代の生存確率は、必ずしも同じではない。当然、労働可能な世代も、世代が積み重ねられればそれだけ、生存確率は低下するだろう。人間の場合確かな事実として、ある世代にいたると、その生存確率は完全なゼロになることがわかっている。人間は、その老化を克服することはできていない。遺伝子の中に存在していると思われるプログラムにもとづいて確実に老化し、死んでいく。第四に、われわれは人間の自然的な寿命を想定するが、実際にどの世代までによって労働が提供されるのかを事前的に設定しない。この自然寿命というのは、一定の期間をとって、それぞれの年の最高齢者の寿命を平均化したものと考えてよい。われわれは、現実に労働を提供する世代の最年長世代までを、自然寿命に対して労働寿命というが、さきに示したように、それは教育期間に投下された原資を償却する期間であって、エンゲルはそれが事前に与えられたものとして計算していた。しかし、こうした労働寿命は経済状態、あるいは生活様式の違いによって変動するもと考えるのである。
 これら四つの観点から、(1)の一般化をはかろう。まず、第i世代の1単位の人々(千人でも1万人でもよい)が、その世代のうちに消費する財のバスケットを(d1i,d2i,・・・・,dni)とし、その総費用をDiであらわすと、
Di=p1d1i+p2d2i+,・・・・,+pndni (2)となる。ただし、ここで次の二つの点をはっきりさせておこう。第一は、これらのバスケットの総費用を何ではかるかという問題である。古典派に即して考えるという点では、労働価値ではかるかそれとも生産価格ではかるかという問題が存在している。われわれは基本的に後者と考えているが、実際それはまったく本質的な問題ではない。もし、すべての財を労働価値ではかれば、それはまさにマルクスの労働力の価値を与えることになり、われわれの想定では生産価格ではかった賃金率を与えることになるというだけのことなのである。ここでは、貨幣ではかられた価格であると考えよう。第二に、われわれは以下では一貫して財をはかる生産価格は外的に与えられているものと想定する。これは、決して弱い仮定ではない。われわれは、賃金率を与える体系(これを生命体系、生活体系とよぶ)と財の諸価格を与える体系とを分離して考えるということである。しかし、合理的には、それは同時決定の体系でならなければならない。以下では、その整合性を放棄しているのであるが、その理由の第一は、それが分析する上で余りにも複雑だからであり、第二に、これまでわれわれは、生産過程の体系についてはきわめて精密な分析を加えてきたが、この生命体系の方は、上に述べたようにこれまで極端に単純化してきたことがある。したがって、さしあたって生産の体系の方は分離し、生活の体系の方に分析を集中することは重要な意味をもっていると考えられる。また、第三に、それによって得られる分析が十分にわれわれの経済学的な知識を豊かにしていると考えられるからである。
 以下で用いる基本的な記号を導入しておこう。いま、第i世代が第i+1世代にまで生き残る確率をei+1(0≦ei+1<1)と記述する。また、労働世代の第i世代が平均的に提供する労働の量をliとする。
 第0世代は、何等労働を供給せず単にその後に償却すべき費用を蓄積するだけである。1単位の新しく生まれてきた第0世代が、その世代の間に蓄積する費用の総額はD0である。この総額は、次の第1世代以降の償却すべき資産となるのであるが、この第0世代の人々が第1世代になるのはそのうちのe1の割合の人だけである。ここで、さきにエンゲルのところで考察した、生き残った世代にその償却が受け継がれるということが問題になる。第1世代に生き残った1単位人に体化される分は、すでに2節で議論したようにD0/e1である。この値をq1という記号であらわすことにしよう。するとこのq1は1単位の労働者の生命に体化されている貨幣価値をあらわしていることになる。ただし、ここでは新しい生命の価値は0であると想定していることに注意してもらいたい。この仮定は、後の節では取り除かれることになる。したがって、q1の定義から、
D0
= q1 or D0=q1e1 (2)
e1
であるが、これは次のように容易に変形できる。
D0+(1−e1)q1=q1
左辺の第1項は第0世代の生活資料の総価値に他ならないが、第二項は2節で議論したように生き残った場合の生命価値にそこまでに死亡してしまう確率をかけたもので、それは生命保険料と考えられるものである。したがって、第1世代の生命価値は、生活資料価値と保険料から形成されているということになる。
 このq1という生命価値はその後の労働期間を通して償却されていかなければならないのであるが、その過程を追うためにもその後の世代において、どのような条件があらわれてくるかを考えてみよう。第1世代以後は、労働能力の再生産過程でありかつ第0世代の費用を償却する過程であるが、この問題を合理的に処理するためにはこの生活過程を一つの結合生産過程として処理することがどうしても必要になる。すなわち、各世代は一定料の労働能力とともに、次の世代の生命をも同時に生産すると考えるのである。第1世代について考えると、その生活過程に投入されるものは、q1という価値を体化した1単位人の生命と、この世代の1単位人当りの生活資料の総価値D1である。そしてまず、l1という労働能力、その価値は貨幣賃金率をwとしてwl1、をうみだす。また、この世代の生存確率はe2であるから、それだけの第2世代を生み出すのであるから、新しい世代1単位人当りの生命価値をq2とすると、q2e2の価値を結合生産するのである。投下された費用がその同額だけ生産されたものに体化されると想定すれば(すなわち再生産費的な価格理論と同じ想定)、次のような等式が成立する。
  q1+D1=wl1+q2e2 (3)
ここで、左辺が投下費用総額をあらわし、右辺は生産総額をあらわしている。この式は簡単に次のように変形できる。
(q1−q2)+D1+(1−e2)q2=wl1
この左辺の第一項は、この第1世代で行なわれる第0世代の費用の償却分をあらわしている。そして、第二項は生活資料の総価値、第三項は保険料である。すなわち、この世代が提供するl1単位の労働に対して受け取る再生産費賃金は、この三つの項目から構成されているということである。(3)のような条件式は、その後の世代についても構成することができて、一般にqiを第i世代1単位人の生命価値とすると、
  qi+Di=wli+qi+1ei+1
が成立すると考えることができる。ただし、すでに述べたようにわれわれは人間の自然寿命というのを考えるので、労働世代の最後の世代が存在する。その世代を第m世代とすると、この世代は、その次の世代までにすべて死んでしまうので、上の条件式は特殊に次のようになる。
  qm+Dm=wlm
これらの条件式は、一つの整合的な再生産費賃金理論をあらわすモデルとして、必要な条件を備えていることはわかるだろう。すなわち、財の価格と諸係数が与えられているもとで、貨幣賃金率と諸世代の生命価値を決定するのにちょうどふさわしい数の式が与えられているのである。しかし、実際にこれが経済的に意味ある体系であるかどうかに関する、十分な条件であるとはいえないのである。そのことを以下で調べることにしよう。
 われわれは以下の本文中ではm世代までを考えるのではなくもっと簡単な世代構成のモデルで考えることにしよう。さしあたっては、第2世代までの、すなわちm=2の簡単なモデルで検討することにしよう。したがって、第2世代の条件式は次のようになっている。
q2+D2=wl2 (4)
したがって、モデルにおける体系は(2)、(3)および(4)式であらわされていることになる。このとき再生産費賃金率は次のようになることが、簡単な計算によって確かめられる。
   D0+e1D1+e1e2D2
w= (5)
    e1l1+e1e2l2
右辺の分母は、1単位の新しい生命がその自然寿命を終えるまでに提供できる労働量に他ならない。さらに分子は同じくその生命が自然寿命を終えるまでに消費する生活資料の総額である。すなわちその全体は、単位労働の提供にかかった生活資料価値額が、再生産費賃金率となっているのである。それは、この体系が(1)式であらわされるような、再生産費賃金理論の自然な一般化であることを保証するものである。この(5)で、重要な点は、その再生産費賃金率が各世代の生存確率に依存していることである。右辺の分母と分子をe1で割れば明らかだが、このe1の上昇は再生産費賃金率を下落させる。すなわち、第0世代が第1世代になるまでの生存確率の上昇は、再生産費賃金率を減少させるのである。われわれは、諸財貨の価格は与えられているものとしているので、この賃金率の減少は実質的な減少である。このことが意味していることはたいへん重要である。すなわち、再生産費賃金率を規定しているものは、労働者やその準備世代の平均的な消費水準がどれだけであるのかという点ばかりでなく、彼らの生きていく上での、外的な条件にも明確に依存しているということがわかるのである。すなわち、たとえば病気が克服されればされるほど、社会的な福祉水準・厚生水準が上昇すればするほど、そして労働者がその環境条件から無駄に命を失うことがなくなればなくなるほど、その再生産費賃金水準は低下するのである。このことは、(1)のような賃金モデルにおいては、決して直接表現することのできないものであり、われわれの一般的なモデルの優位性をはっきりと示す一つの好例である。ただし、e2の変化がどのような影響を賃金率に与えるかは、この段階で確定することはできない。
 われわれは、ここで二つの生存確率をあらわす係数はいずれも正と想定しているから、生活資料の価値額をあらわす、D0、D1、D2の少なくともいずれか一つが正であるだけで、再生産費賃金率wは正になることが容易にわかるだろう。ところで、経済学を数学的モデルで取り扱う場合、この賃金率のように負になれば意味がなくなる経済変数が存在している。そのような変数として、ここではあと二つ、すなわち第1世代の生命の価値と第2世代のそれが存在している。それらがこの体系において実際に負になっていないかを調べてみる必要がある。まず、q1、すなわち第1世代の生命価値が正であることは(2)式をみれば一目瞭然である。そこでq2について調べてみよう。(2)、(3)、(4)より、次のように与えられる。
   D0l2+e1D1l2−e1D2l1
q2 =
e1l1+e1e2l2
したがって、必ずしも第二世代の生命の価値が正になるとは限らないことがわかる。それが正になるためには右辺の分母が正にならなければならない。すなわち、
D0l2+e1D1l2−e1D2l1>0 (6)
である。この不等式は、なんらかの自然な前提によって保証されるものではない。そこで、この経済的意味を検討することにしよう。そのために、この式を次のように変形してみよう。
q1+D1 D2

l1 l2
この式の左辺は、第1世代までで1単位の労働力を生み出すために必要な費用に他ならない。これに対して、右辺は第2世代によって1単位の労働能力を生み出すために「追加的に」必要な費用である。すなわち、それは第2世代を労働供給世代として考えることが合理的かどうかをあらわしているのである。もしこの不等式が逆の向きであるならば、同じ労働力を生み出すために、第2世代を用いずに、第一世代までにしておいた方がよいのである。
 このことは、再生産費賃金理論のもっとも深刻な結論の一つである。すなわち、その世代の生命の価値が正であるためには、労働を供給する世代としての効率性を示さなければならないのである。
 この生活過程の効率性の問題が、貨幣賃金率に与える影響について調べてみよう。そのために、初めから第2世代を労働供給世代として考えない場合に、貨幣賃金率がどうなるかを調べてみよう。このときの貨幣賃金率ωは、
   D0+e1D1
ω =
e1D1
となる。そこでこの貨幣賃金率と先の第2世代も労働供給世代と考えたときの貨幣賃金率wとを比較してみよう。
     e2(D0l2+e1D1l2−e1D2l1)
       ω−w =
     l1(e1l1+e1e2l2)
右辺の分母をみれば明らかなように、(6)の条件が成立したときにこの式の値は正になる。つまり、そのとき第2世代を使わないことによって賃金率が上昇してしまうのである。(6)の条件が成立しているということはすでに述べたように、第2世代の労働供給に関する効率がすぐれているということであるから、その効率的な世代までを労働供給世代とすることによって再生産費賃金率を低下させることができるのである。それはまた、その生命価値が正の世代を用いることによって再生産費賃金率を低下させることができるということでもある。
 財の価格が一定のまま賃金率の低下は、実質的な低下であって、それは通常、直接に一般的な利潤の増大をもたらすものであり、資本制経済の基本的動機に合致するものである。したがって、われわれは再生産費賃金率の高いものよりもより低い状態を基準状態と考えることにしよう。この再生産費賃金率がより低いということは、同じ単位の労働を生みだすのにかかる社会的な費用がより低いということである。この基準状態をもっと直接的な方法で示すためには、これまでのモデルと双対的な関係にあるモデルを構成する方がよい。
 いま第i世代の人員量、すなわち世代の量的な規模をyiであらわすことにしよう。そしてまず、基準状態をまったく考慮せずに、1単位の労働力を生み出すための世代規模構成比を考えることにしよう。前と同様に3世代モデルを考えるとy0、y1、y2という3つの構成を考えることになる。この構成によって1単位の労働力を生み出すというのは、次の条件を意味している。
l1y1+l2y2=1
第0世代は、労働力を提供しない世代と考えているのでこの条件式の中にはあらわれていない。また各世代は、一つの継起的な関係にあるので第1世代、第2世代はそれぞれ前の世代の規模に規定されている。その関係は次のようにあらわされる。
       e1y0=y1
e2y1=y2
である。こうした条件によって、1単位の労働力を生み出すための世代構成を得ることができる。そして、その世代構成にとって必要な生活資料の総額は、D0y0+D1y1+D2y2である。上の3つの式を用いれば、この値は実際に計算できて、
D0+e1D1+e1e2D2
D0y0+D1y1+D2y2 =
 e1l1+e1e2l2
となる。この値は、さきに計算した第2世代も労働供給世代と考えた場合の、労働の価格としての再生産費賃金率とまったく同じである。こちらの場合は、1単位の労働力を生み出すため必要な費用としての再生産費賃金率なのである。この場合初めから無条件に第二世代を労働供給世代と考えて再生産費賃金率を計算している。もし第2世代を初めから労働供給世代とは考えずに考えた場合にも同じような計算が成立し、先の場合と同じように第2世代の効率性と再生産費賃金率との関係を議論することができる。このモデルでは、そのような手続きを踏むことなく、基準的な再生産費賃金を与えることができる。それは、直接に必要費用を最小化する問題の解として与えるのである。すなわち、
min.D0y0+D1y1+D2y2
s.t.
e1y0≧y1
e2y1≧y2
l1y1+l2y2≧1
y0、y1、y2≧0
である。制約条件の第1、第2式は、次の世代に生き残ったすべての労働者が労働供給の有効な主体に必ずしもならないことを意味している。そのことは、労働を供給していない労働者は死ななければならないということを意味してはいない。その部分の労働者の生活費が再生産費賃金を構成する要素とはならないということである。この問題がどのような解の可能性をもっているかを調べるために制約条件を満たす領域を図にかいてみることにしよう。
 図3−1で、太線で囲まれた部分が問題の制約条件を満たす領域である。目的関数であるD0y0+D1y1+D2y2は、傾きを一定に保ったまま3次元空間内を平行移動する平面であり、D0、D1、D2>0を想定しているので、制約条件を満たしながらその最小値を実現するのはA点かB点、あるいはその両点を結ぶ直線上の点でしかありえない。もし、最小点がA点である場合には、世代構成y0、y1、y2はすべて正である。すなわち、すべての世代が労働力を生み出す点で、有効な世代であることを意味している。われわれは、こうした世代構成が正となる世代を有効労働世代と呼ぶことにしよう。そして、その最後の世代までを有効労働寿命と定義しよう。したがって、B点が解となる場合は、第2世代の構成は0となるので、有効労働世代は第1世代までということになる。また、最小値を実現するとき、目的関数の平面と、直線ABが接するという場合もありうる。このとき、有効労働世代、あるいはその寿命がどうなるかが問題となる。このときは、第1世代と第2世代が労働力を供給する上で、まったく無差別な状態なのである。このような場合、有効な労働供給世代で最も短い寿命を構成する世代を有効労働世代と定義し、有効性はもっていながらも、その世代が不可欠ではないような世代を準有効労働世代と定義しておこう。したがって、解がAB線全体ならば、だい1世代までが有効労働世代であり第2世代は準有効労働世代ということになる。寿命という観点からみれば、第1世代までが有効労働寿命であり、第二世代までは準有効労働寿命ということになる。
 われわれは、この世代構成に関する問題を生活過程の基本問題と呼ぶことにする。そして、この基本問題には、次のような対応する双対問題が存在している。
max. w
s.t.
     D0≧q1e1
  q1+D1≧wl1+q2e2
  q2+D2≧wl2
    q1、q2≧0
 この双対問題も、基本問題もともに解が存在するので双対定理が成立する。すなわち、双対問題の労働の価格としての賃金率と、基本問題における必要費用としての賃金率は一致するのである。すると、第1章で調べたのと同様な、次の性質が容易に確かめられる。すなわち、基本問題において各世代の制約条件式が、最小解において不等号で成立すれば、双対解の対応する世代の生命価値はゼロとなり、また労働供給量に関する条件式が不等号になると、双対解の貨幣賃金率wはゼロとなるのである。また逆に、双対解において、不等号で成立した条件式の対応する世代構成はゼロとなるのである。
 このことから、われわれの簡単な問題において、y0とy1は絶対に0にはなり得ないので、双対解において条件式の第1式と第2式は必ず等号で結ばれていることがわかる。そこで、双対問題の制約条件式の第2式に第1式を代入して、条件式を書き下すと、
  D0+e1D1=we1l1+q2e1e2
  q2+D2≧wl2
      q2≧0
となる。これらの条件式のあらわす範囲は、図3−2に描かれている。第1式の範囲は直線ACであらわされ、第2式のあらわす範囲は、αとβの二つの場合が描かれている。αの場合、最大の賃金率を実現する点はA点となり、βの場合それはB点となる。簡単な計算で条件の(6)が成立するときにはαのような状況になっていて、その不等号が逆向きの場合はβのようになっていることがわかる。またA点の貨幣賃金率の水準がさきに計算した第2世代の生命価値が正になる場合の貨幣賃金率の水準に他ならないこともかんたな計算によってわかるだろう。すなわちこの双対問題は、われわれがこうした問題を構成せずに労働供給世代の効率性について検討した結果をすべて含むものとなっているのである。
 
第5節 生活条件と再生産費賃金率
 生活過程についての基本モデルは、前節でも若干ふれたように、その諸係数の組合せによって生活様式を表現し、その諸係数の変化を生活条件と関連づけることができるというすぐれた特徴をもっている。この段階でわれわれが導入している係数は、各世代ごとの生活資料の消費水準(財貨の価格が与えられたもとでの)、労働供給量、そして生存確率である。こうした係数は、これまで再生産の基本モデルの中で検討してきた、技術的な諸係数に対応するものである。生産過程においては、それらの技術進歩という形で、それらの歴史的な変化を考察できる。この生活過程についても、歴史的な労働者の生存条件の向上が意味してきたものを分析できるのである。
 この節では、特に労働供給係数と生存確率係数に注目して、その再生産費賃金率との関係についての比較静学的分析を行なう。この2つの係数に注目するのは、それらがマルクスが議論した労働者の生命をめぐる二律背反命題と密接に関連しているからである。マルクスの二律背反命題の背後にある現実的関係は、資本家による労働強化は、その直接的な結果としてその単位労働に対する再生産費を低下させるようであるが、実際には労働者の生命を浪費させるということであった。マルクスは、その浪費が結局は労働の寿命を短くさせることによって、再生産費を上昇させることを指摘した。こうした生命の浪費は、われわれの生活条件に関する係数では、生存確率の低下としてはっきりと示すことができるのである。本節では、こうしたものがどのように再生産費賃金率と関係しているかを検討する。
 そこでまずわれわれは、すでに前節の議論の中からある程度予想されるのだが、有効労働世代と生命の価値に関する次のような生活過程の基本的命題を確認しておこう。
<基本命題1>
 有効労働世代の生命価値は正である。
 有効労働世代であるかどうかは、図3−1において示されている領域において、D0y0+D1y1+D2y2を最小にする点がA点であるかB点であるか、それともその両点とそれによって区切られている直線全体になるかによって決まった。これらの差異を生み出す条件を調べてみよう。一見むずかしそうであるが、次のようにして調べればよい。いまD0y0+D1y1+D2y2=V(一定値)というのは、一つの平面を構成する。ここでVの値が変わるとこの平面は空間内を平衡移動する。そこでいま、この平面がB点を通ると考えて、そのときのVの値を調べてみよう。このときの値は、D0/e1l1+d1/l1である。すなわち、このB点を通る平面の方程式は、D0y0+D1y1+D2y2=D0/e1l1+d1/l1となっているのである。このとき、この平面がy2軸と交わる点の値が1/l2より小さければB点が最小値を実現する点なのであり、もし大きければA点が最小解となる点なのである。平面がy2軸と交わるときのy2の値は、平面の方程式にy0=y1=0を代入すればよい。このとき、
D0 D1
y2 =  +
   e1l1D2 l1D2
となる。したがって、たとえばA点が最小解の点となるのは、この値が1/l2より大きいときである。すなわち、
D0 D1 1
 + >
e1l1D2 l1D2 l2
であればA点が最小解となるのであるが、この条件は簡単な変形によって(6)に等しいことがわかる。また、図3−2に対して行なった分析でも明らかなように、この(6)という条件は、第2世代の生命価値が正になるための条件でもあった。すなわち、A点が双対問題でも最適点になるための条件であったのである。したがって、以上でわれわれの基本命題1が、この簡単なモデルに関して確認されたことになる。
<基本命題2>
 有効労働世代の労働強化は、再生産費賃金率を低下させる。
 すなわち、i世代が有効労働世代であるとして、liが増大すれば、再生産費賃金率が減少するということである。この命題も、われわれの簡単なモデルにおいては容易に確かめられる。図3−2において、l1の増大は、最適点がA点であろうがB点であろうが必ず、最適再生産費賃金率を減少させる。ところが、l2の場合は、均衡点がA点であるような場合にのみ、再生産費賃金率を低下させることができるのである。したがって、そのことは有効労働世代に関する労働強化のみが、再生産費賃金率の低下を実現しうるということである。このことは、ある意味では自明である。というのは、われわれの問題は資本制的な経済的基準がはめ込まれているので、有効労働世代というのはそもそも労働対象にはならないようになっているからである。
 次の命題も、図3−2において簡単に確かめられる。
<基本命題3>
 有効労働世代の生存確率の低下は、再生産費賃金率を上昇させる。
 19世紀の世界をみていた、エンゲルやマルクスには、資本制経済が極端に労働者の生命を浪費させるものとして映っていた。彼らは、その浪費が結局は資本家の利益をも損なうものであることを警告していた。その時代から比べると、労働者の生活・労働条件が向上したことは間違いない。そして、それら資本家階級の利益を犠牲にして行なわれたとは必ずしもいえないのである。それは、彼らが短期的な視野から、基本命題1にあらわされたいるような利益を追求することに集中することから、基本命題2にあらわれているような側面をも重視するようになったともいえるのである。そして、基本命題1にあらわされているような点においては、彼らが基本命題2であらわされた問題によって、その利益を損なわないようになったともいえる。資本家階級が近視眼的視野から開放されたということは、資本制の本来の姿が追求されているということであり、また再生産費賃金率がより基準的なものとして成立するようになったということも意味している。

第6節 生殖と新生命の価値
 ここまで、われわれは一つの重要な制約の下に議論を展開してきた。それは、新しい生命はいかなる意味でも労働力の再生産に関係してこないくらいに、十分に供給されるということである。換言すれば、新しい生命はどの様な状況においても無価値である、という想定をおいてきた。前章でも述べたように、エンゲルは、『人間の価値』においてこの想定を採らなかった。新しい生命が正の価値を持つことを前提とした。彼のその後の計算は、非常に恣意的なものであったのは否めない事実である。それでも、それ以前の古典派経済学がこの点を一貫して軽視していた点からみれば大きな前進である。マルクスも含めて、生産費賃金論を展開した古典派経済学者は、前節までのわれわれのと同じ様な前提の下に議論していたと考えられるのである。ただし、マルクス以外の古典派経済学者は、そうした問題が存在することすら気付いていなかったようである。マルクスは、自己の議論の前提をはっっきりと意識していた。それは、「人口の増加は支払われない労働の自然力である」
と述べているところにもあらわれている。このような前提は、マルサス的な人口増殖率の優位という命題とも結び付いている。人口の増殖傾向の少なさが経済的な制約になることは有り得ないということである。生活資料が必要なだけ供給されれば、人口は幾何級数的に増殖するというものである。マルサスの立論が、直感的基礎の上に構成されているのと同様に、新しい生命が無価値であるということ、同じ意味で新しい生命は常にいかなる場合にも超過供給であるというのは、何等根拠のない主張である。そのような命題を無条件に採用することは危険である。確かに、この命題が現実的で、許される場合もあるだろう。しかし、それが許されないような条件を確実に把握しておくこと、そしてその条件の現実性について正しい把握をしておくことは重要である。それは生命を対象とした古典派経済学の分裂した方向を真に統一するものである。すなわち、古典派経済学は一方では生命がその維持に必要な財貨の評価価値を賃金という形でとらえて資本家経済の発生期における労働者への分配量を議論した。生命の維持・再生産をミクロ的な視点で分析した。もう一方では、生命の再生産を生殖との関係で人口論として捉えていったのである。以下ではこれらの問題を統一的に把握していくことになるだろう。
 生殖とは生命の持つ本源的な種の保存機能である。われわれは生命を世代という一つの集合概念として把握してきた。この視点に立つからこそ、人間の生命過程を一つの与えられた期間に区切ることができ、世代の生存確率を内生化することができた。そしてこの視点からは、生殖による新生命の創造は一つの、生活過程の結果である。この生活過程において、これまでは、労働力と次世代の生命を結合生産物として位置づけてきた。ここでわれわれは、新生命も、この生活過程における結合生産物として捉えることにしよう。生命が生活過程で新生命を生み出す機能を生殖と呼ぶことにしよう。生殖とは、一面で生理的、生物学的現象である。また人口統計的にもとらえられるだろう。こちらの側面はわれわれのここでの議論とも結び付いている。以下で、われわれは、生殖の経済的側面を問題にする。
 新たに2種類の記号を導入しよう。ciを世代iの1単位人がその生活過程を通して生み出す新生命の単位数とする。ただしそれらは全て非負で、あらわれる係数の内の少なくとも一つは正であるとしよう。またq0をその新生命の価値としよう。今までと同様に第2世代までのモデルを用いて、問題を検討してみよう。労働者の生命が、少なくとも同じ規模で再生産される条件は次のように表される。
c1y1+c2y2≧y0
     e1y0≧y1
      e2y1≧y2
この三つの式において、まずy0=0とするとy1=y2=0で、制約式は満たすが、その解は意味がない。y0>0でy1=0だったとしよう。するとy2=0となり第1式においてy0>0と矛盾する。y0、y1>0、y2=0ということはありえる。そこで、もしそのようなy2=0となるような意味ある解が存在する場合、必要生殖寿命は第1世代までであると定義しよう。生殖という意味での生命の再生産のためには少なくとも第1世代までの生命が必要であるという意味である。実際1≦e1c1のときそうなる。なぜなら、そのためには、
       c1y1≧y0
    e1y0≧y1
を満たすy(0)、y(1)>0が存在するための条件を調べればよい。図3−3のような、e1≧1/c1であれば、上の二つの式を同時に満たす意味ある解が存在することが解る。すなわち1≦e1c1であればよい。
 たとえ、y0、y1>0、y2=0の制約条件式を満たす解が存在しなくても、y0、y1、y2>0となる解が存在する場合がある。まず、0<e1c1<1であるとしよう。したがってy0、y1>0、y2=0の解は存在しない。しかし、図3−4のような状況になればy0、y1、y2>0 である解が存在する。ただし、ここで体系は0次同次であるからy0をy'0に固定している。ここで0<e1c1<1であるからe1y'0<y'0/c1となっている。したがって、e2がe"2と同じか、それよりも大きいことが条件である。A点の座標はy1=e1y'0、y2=(1−c1e1)y'0/c2だから、e"2=y2/y1=(1−c1e1)/e1c2である。したがってy0、y1、y2>0である解が存在するための条件は、
  e1c1+e1e2c2≧1 (7)
である。もしこの条件が満たされなければ、生殖という側面からみた生命の再生産条件を表す制約式を満たす意味ある解が存在しないことになる。われわれは、少なくともこの条件式は満たされていると仮定しなければならない。すなわち、労働者はその個体数を維持するのにふさわしいだけの生殖能力と傾向を有していると仮定するのである。この条件が満たされなければ以下のすべての議論は成立しなくなるからである。
 以上を前提にして、生殖を含む形で拡張された基本モデルを構成すると次のようになる。
min.D0y0+D1y1+D2y2
s.t.
c1y1+c2y2≧y0
e1y0≧y1
e2y1≧y2
l1y1+l2y2≧1
y0、y1、y2≧0
またこの双対問題は次のようになる。
max. w
s.t.
  q0+D0≧q1e1
  q1+D1≧wl1+q2e2+q0c1
  q2+D2≧wl2+q0c2
    q0、q1、q2≧0
 古典派経済学において、新しい生命というのは一貫して無価値とされたわけであるが、実際われわれのモデルにおいて新しい生命が正の価値をもつことがあるのかを以下では検討することにしよう。
 まず双対体系において、q0が正となる条件について調べてみよう。明らかに、条件式の第1式と第2式が最適解において不等号で結ばれたら、基本問題において自明な解しか存在しなくなるので、それらは等号で結ばれているはずである。そこで、第2式に第1式を代入しよう。すると、
    D0+e1D1=we1l1+q2e1e2+q0(c1e1−1)
をえる。したがって、この式と条件式の第3式とを満たす領域で、賃金率を最大化する点を考えればよい。図をかいて考えると、まず、c1e1−1>0であるかぎり、最適解において新生命の価値q0が正になることはありえないことが簡単にわかる。図3−5にその一つの場合が示してある。最適点はA点であるが、そこではq0は0になっている。このq0が0になっているような状況は、結局ここで提起したモデルが、前に議論した新しい生命の価値をゼロにしたモデルに縮退してしまっている状況なのである。したがって、以前の議論がすべてそこには当てはまることになる。したがって、Aという均衡点は、図3−2におけるA点にまったく等しい。図3−5の例は、確かに一つの特殊なもので、もっと違う状況も考えられるが、c1e1−1>0が成立している限り、最適点においてq0が正になるような状況はありえない。
 そこで、今度はc1e1−1<0を想定して図をかいてみよう。図3−6は新しい生命価値が正になる決定的状況を示している。ここではA点が最大賃金率をもたらす点になっている。そこでは、新しい生命価値は正であるが第2世代の生命価値はゼロになっている。こうした状況が成立するための条件は、第1にc1e1−1>0であるが、その他に次の追加的に二つの条件が必要である。第2の条件は、C点がB点より下でなければならないということである。この条件は、(6)の不等号が逆向きなっていることを示している。すなわち、労働力の生産という点では、第2世代が効率的でないということであり、その結果として、この場合、第2世代の生命価値はゼロとなっている。第3の条件は、Dのような交点ができなければならないということである。この条件は、このD点を形成している二つの直線の傾きに関係していて、それは(7)式が成立することであることが簡単に確かめられるだろう。実際、この(7)式が成立しなければこの双対問題は、上に有界でなくなり解が存在しなくなってしまうのである。こうした、3つの条件は、新しい生命の価値が正となる経済状況の、経済的意味を明確に示している。すなわち、それは第2世代の意味にかかっている。すなわち、第二世代というのは、労働供給という点では、非効率的な世代なのだが、その世代が存在しなければ、生殖の条件が満たされない、すなわち人口が生殖という観点から維持できないという状況になってしまっているために、第2世代の費用を新しい生命の価値を正にすることによって維持しているという状況なのである。より一般的な考察からこの命題は次のようにまとめられる。
<基本命題4>
 必要生殖寿命が準有効労働寿命よりも短いならば、新生命は無価値であり、逆に長いならばそれは正の価値をもつ。
 しかし、この基本命題のもとで、新しい生命の価値が正になるというのは、かなり非現実的である。まずそれは古典派的状況から極端にはなれてしまっている。というのは、必要生殖寿命が準有効労働寿命よりも長いというのは、具体的なものと結びつければ、社会的な平均退職年齢よりも必要生殖寿命が長いということである。それは、人口の増加傾向が極端に小さいということである。確かに、資本制経済の発展とともに人口増加率が減少してきているが、まだここにいたっているとはいえないだろう。
 しかし、新しい生命の価値が正である状況がこうした想定のもとでしか成立しないというのは、実際はわれわれのモデルの制約に規定されているのである。その点を次ぎに検討しよう。

第7節 生活様式と生命価値
 この節では、これまでの議論の中で前提としていた一つの重要な前提を取り除くことにしよう。これまで、各世代はその内部ではただ一つの生活のパターンを想定していた。それは、例えば第i世代については(Di,li,ei,ci)という組合せによって表わされていたものである。この組合せのことを、われわれは生活様式と呼ぶことにしている。この生活様式は同一世代の内部でも異なったグループの存在を考えることができる。また、そう考えるのが自然である。もし、必要とする生活資料の構成が違えば、それぞれの財の価値が異なり、結局そう価値としてのDiも異なるだろう。同様に、liの差異は、労働の供給性向に関する違いを表わすことになる。すなわち、その世代の間に、労働をより多く供給するグループと、それをよりひかえる傾向をもつグループの存在を考えられるようになる。さらに、eiの違いは、生存確率の違いであるが、生活様式を規定するほかの係数との関連で違いがあらわれてくると考えることもできる。重要なのは、liの差異との関係であろう。すなわち、liの高いグループは、ei、すなわちその生存確率がより低いものとなっている、といった場合である。ciの大小というのは生殖能力の差ではなく、新生命すなわち子供の多い生活を選択するか否かである。
このような生活様式は、現象的には個人あるいはグループが「自発的」意志で選びとったかのような形をとっている。しかし、それは経済的原則を考えない場合である。ある世代が多様な生活様式を持ちうるとしても、経済的原則が社会的に貫徹されれば、その世代の生活様式のうちのいくつかは葬り去られるだろう。そして、ある条件を満たす生活様式だけが許されるようになるのである。そして、この生活様式の選択問題と新生命の価値の関連についての問題を議論するのがこの節の目的である。世代iの第kグループの生活様式を(Di、k,li、k,ei、k,ci、k)としよう。その世代構成をyi、kとする。ここで、li、k>0、1≧ei、k>0、ci、k≧0としておこう。第i世代は、siだけの生活様式があるとする。ここでは簡単な場合を検討しておこう。ここで、s0=1、s1=2で si=0とする。すなわち、第0世代が一つの生活様式をもっていて、第1世代が二つの生活様式をもっているという場合である。そして、第2世代以降は考慮しない。すなわち、これまでのモデルよりも労働寿命を1世代だけ短くし、かわりに、第1世代が二つの生活様式を有しているという状況にしている。世代規模に関する基本問題は次のようになる。
min.D0、1y0、1+D1、1y1、1+D1、2y1、2
s.t.
c1、1y1、1+c1、2y1、2≧y0、1
              e0、1y0、1≧y1、1+y1、2
         l1、1y1、1+l1、2y1、2≧1
             y0、1,y1、1,y1、2≧0
 この場合、有効労働力が第1世代までであることは自明である。しかし、この問題は、単に単位労働力を生み出すための最小必要生活資料価値を決めるだけでなく、そのためのy1、1,y1、2の配分をも決めるものである。
 対応する双対問題は次のようになる。
max. w
     s.t.
   q0+D0、1≧q1e0、1
  q1+D1、1≧wl1、1+q0c1、1
     q1+D1、2≧wl1、2+q0c1、2
q0、q1≧0
図3−7は、基本問題の方の制約条件を満たす領域の一つの例を示している。最適点は平面D0、1y0、1+D1、1y1、1+D1、2y1、2の傾きに関係している。今、たとえば最適点がA点だけだったとしよう。すると、この場合は新生命の再生産条件をあらわす、最初の制約条件式は何の機能も果していないことがわかる。したがって、A点では
c1、1y1、1+c1、2y1、2>y0、1
となっている。また、y1、2=0であるから、対応する生活様式は選択されないということになる。この第1世代の第2生活様式が選択されなかったのは、生殖の問題はないのであるから、労働供給の効率が悪いことを意味している。明らかに双対問題の解においてq0、新生命は無価値である。最適点がAB線上のすべての点であったらどうだろう。ここでもq0=0である。なぜなら新生命が過剰になる解があるかぎり双対定理によりq0=0でなければならなくなるのである。さらに最適点がB点だけだったらどうだろう。このときはy1、2、y1、1>0となる解しかありえなくなる。すなわち、第1世代の二つの生活様式がともに選択されるのである。この場合は次のよう意味に解釈できる。もし、新生命の再生産を無視すれば、C点、すなわちy1、1=0、y1、2>0であるのが最適であるにもかかわらず、C点にあれば新生命の再生産条件が満たされない。新生命の再生産が可能であるためにはy1、1>0でなければならない状況にあると、B点だけが最適点となるのである。すなわち、この場合は第1世代の第2生活様式が労働供給という点から効率的であるにも関わらず、この世代だけでは人口の維持が不可能なので、この点で生殖の効率のよい第1世代の第1生活様式も同時にその構成を正にすることが必要になったのである。
 この基本問題だけの検討では、新生命の価値が正になる条件を直接検討できないので、双対問題で検討しよう。双対問題の第1の制約条件式は、第0世代が世代構成が最適水準においてゼロになることはないので、必ず等号で結ばれている。そこで、この第1の制約条件式を第2第3の条件式に代入しよう。すると、
D0、1+e0、1D1、1≧we0、1l1、1+q0(e0、1c1、1−1)
D0、1+e0、1D1、2≧we0、1l1、2+q0(e0、1c1、2−1)
をえる。このとき簡単にわかることは、q0にかかっている係数のe0、1c1、1−1とe0、1c1、2−1がともに負になったり正になったりするとき、q0が正になることはありえないということである。ともに、負になっているような時には、生殖条件が満たされていず、人口を維持することが不可能であり、条件を満たす領域が上に有界でなくなり解が存在しなくなる。また、ともに正であるときには図3−7のA点が解になるような時であり、常に最適解でq0はゼロになっている。図3−8には図3−7のB点が解になるような状況を示している。そこでは、第1世代の第2生活様式は、労働供給の効率という点では望ましいのであるが、生殖の水準が低い、すなわちあまり子供を作らないので、その世代だけでは労働人口を維持できないので、労働供給という点では効率が悪いが、人口維持により貢献する第1世代の第1生活様式が選択されるのである。このとき、新しい生命の価値q0が正になっている。
この様に議論を進めると一つの興味ある問題を提出できる。すなわち、生活様式と人口成長率との関係である。例えばli、kとci,kの間に一つの代替関係があるとしよう。すなわち労働力をより多く提出する生活様式の場合、生殖効率ci,kが低くなる、と考えてみよう。また前にも述べたように、ei,kが外生的に求められている人口成長率を含意しているとしよう。すると、経済的基準にてらして生活様式の選選が人口成長率と深く関係し、より低い、すなわち最低必要な人口成長率を確保する方向へ人口成長率がコントロールされていくようになるだろう。もちろん、そのためには成熟した資本制国家が存在しなければならない。
 以上、簡単なモデルで確認した結論を、より一般的な形で確認しておこう。
<基本命題5>
生殖を含まない基本問題で有効労働世代でありかつ非有効生活様式となっているものが必要生殖条件を満たす上で不可決のものである場合、新生命は正の価値を持つ。
この基本命題をふまえて、前節での最後の点についてもう一度議論しよう。前節では必要生殖寿命と有効労働寿命との関係で新生命の価値が正となる場合を明らかにした。しかし有効労働寿命が必要生殖寿命より長いような状況の現実性について肯定しがたいところもあった。しかし、基本命題5は現実的状況の下では強い現実性がある。もし、各世代について労働力の提供する傾向の強い生活様式があって、それらはその変わりに生殖で新生命を増やす傾向が弱いとすると、最小必要労働を実現する上でそういうものばかりが選ばれるとするだろう。しかし、そうであると必要生殖条件は満たされなくなるだろう。そのとき、新生命の価値を正にすることによって、労働力の提供する傾向は弱いが生殖については多産的である生活様式についても、生命過程で価値が保存されるようになるのである。

【 補論3】
生活過程に関する基本命題の一般的証明
 本文で展開した再生産費賃金理論にもとずく5つの基本命題は、きわめて単純なモデルから導出した。そこで、以下ではより一般的なモデルで、それぞれの命題を証明しておこう。記号は、すべて本文と同じものを用いるので、必要な場合を除いては説明を省略する。
 まず、基本的な問題から定式化しよう。そこでは、新しい生命の価値は常にゼロと仮定され、また各世代はそれぞれ唯一の生活様式しか持たないとされる。このとき、世代の人口構成に関する問題は、次のように定式化される。
m
min. Diyi
i=0
s.t.
eiyi-1≧yi (i=1,2,・・・,m)
m
liyi≧1
i=1
yi≧0 (i=0,1,・・・,m)
また、この双対体系は次のようになる。
max. w
s.t.
D0≧q1e1
  qi+Di≧wli+qi+1ei+1 i=1,2,・・・,m-1
qm+Dm≧wlm
w,qi≧0 i=1,2,・・・・,m
 われわれはまず、この二つの問題の解の存在を保証するために、次の仮定を設けなければならない。
<仮定1>
 単位労働力生産のための必要費用は常に正である。
 すなわち、これは基本問題において、その最小値は常に正となることを示している。ここで、もし、必要生活資料が労働価値体系で評価されている場合、それは必要労働が正という、第1章の補論で議論されたものになることに注意しよう。もしこの仮定が成立しない場合は、双対問題の目的関数が上に有界でなくなってしまう。また、本文でも述べられているが、ここで有効労働寿命の定義を再述しておこう。
<定義1>
 有効労働寿命とは、最小生活費用を達成する最も短い寿命であり、準有効労働寿命はそれを達成する最も長い寿命である。
 さて、いま、有効労働寿命が世代jまでであるとしよう。そのとき、最小必要費用を実現する解、(y0、y1、y2、・・・・、ym)が基本問題の制約条件をどのような等号、不等号の配置で実現するのかを検討しよう。われわれの有効労働寿命の定義から、解の中にyi>0(i=0、1、2、・・・・、j)、yi=0(i=j+1、・・・・、m)を満たすものがある。ところでこの正である世代について制約条件はどのような不等号で結ばれているのだろうか。全てが等号で結ばれているのだろうか。すなわち、eiyi-1=yi(i=1、2、・・・、j)となっているだろうか、ということである。そのなかのあるkについて、ekyk-1>ykとなっていないか、ということである。しかし、次の補題で明らかになるように、そのようなことはなく有効労働世代は、制約条件をいかなる解においても等号で満たすのである。
<補題1>
基本問題の一つの解が、制約条件を次のような状況でみたしたとしよう。
eiyi-1=yi   (i=1、2、・・・、s)
es+1ys>ys+1
eiyi-1≧yi   (i=s+2、・・・、m)
m
Σliyi=1
i=1
ただし、ここでsは必ずしも有効労働寿命を意味していない。また、yi>0(i=0、1、・・・・、s)、yi≧0(i=s+1、・・・・、m)である。このとき、
eiy'i-1=y'i (i=1、2、・・・、s)
s
Σliy'i=1
i=1
であるようなy'i>0(i=0、1、・・・、s)、y'i=0(i=s+1、・・・、m)も解である。
証明
 まず解の組をベクトルで表しYとしよう。すなわちY=(y0、y1、・・・・、ym)である。また、次の式を満たすような要素の組合せを考えよう。
ekyik-1=yik  (k=1、2、・・・・、i)
i
Σlkyik=1
k=1
そしてベクトルYi=(yi0、yi1、・・・・、yii、0、・・・、0)を考える。ただし、i=s、s+1、・・・、mである。これがユニークに作れることは明かである。いま、YをこれらのYiを用いて表すことを考えよう。まず、Yも各Yiも第s番目の要素まではそのスケールに差はあっても構成比は完全に等しいことに注意しよう。さらにそれぞれのYiは線形独立である。したがって、YをYiの組合せによってあらわすことができる。すなわち、係数αi(i=s,s+1,s+2,・・・・,m)を用いることによって、
Y=αsYs+αs+1Ys+1+,・・・・,+αmYm (1)
とあらわすことができる。このとき、αi≧0(i=s,s+1,s+2,・・・・,m)であることを示すことができる。そのために、その内の一つαk<0であるとしよう。k≠mならば(1)の第kとk+1番目の要素は次のようにかける。
yk=αkykk+αk+1yk+1k+,・・・・,+αmymk
yk=     αk+1yk+1k+1+,・・・・,+αmymk+1
補題の前提から、
ek+1yk≧yk+1
成立している。一方、ek+1yik=yik+1,i=k+1,k+2,・・・・,mが成立しているので、結局、
αkykk≧0
をえる。しかし、ykk>0であるから、αk<0とは明らかに矛盾する。k=mの場合もym=αmymm≧0であるから、αm≧0が簡単に確かめられる。
 次に、L=(0,l1,l2,・・・・,lm)、D=(D0,D1,D2,・・・・,Dm)としよう。また、ベクトルの内積を”・”で定義しよう。Y・L=1かつYi・L=1であるから、(1)より、
αs+αs+1+,・・・・,+αm=1 (2)
となることがわかる。
 さらに、αs>0である。なぜなら、もし、αs=0ならばes+1ys>ys+1を(1)で表現することは決してできないからである。それぞれのYiは、基本問題の制約条件を満たす一つの実行可能解であるから、その目的関数を最小解よりも小さくすることはできない。すなわち、Y・D≦YiD、i=s,s+1,s+2,・・・・,mである。一方、もしY・D≦YsDだとすると、(2)とαs>0であることから、Y・D<αsYs・D+αs+1Ys+1・D+,・・・・,+αmYm・Dとなり、これは、(5)と矛盾する。したがって、Y・D=Ys・Dでなければならない。これは、Ysもまた最小解の一つであることを意味している。 証明終わり
 われわれは、この補題によって、少なくとも有効労働寿命の間は世代間の制約条件式がすべて等号で満たされていることがわかる。というのは、いま有効労働寿命が世代jまでであったとしよう。このとき最小必要労働を実現する任意の解で構成するj番目までの制約条件 eiyi-1≧yi (i=1、2、・・・・、j)の中に一つでも厳密な不等号が存在すると補題より有効労働が世代jまでであることと矛盾するのである。したがって、れらの世代に関する最適人口構成は、きれいにそれらの世代の生存確率によって構成されることがわかるのである。
 ここで、基本問題とその双対問題の関係について若干の検討を加えよう。そのために線形計画の双対定理を用いることにしよう。その定理の語るところでは、基本問題の解としての最小必要費用ΣDiyiと双対問題で最大化された労働力の価格、すなわち再生産費賃金率wは等しい。すなわち、
m
w=ΣDiyi    (3)
i=0
である。仮定1によって右辺は正であるから賃金率wも正である。さて、双対問題の任意の解による、その問題の制約式の最初からm個の各式に、基本問題の任意の解yi(i=0、1、・・・・、m)をそれぞれかけて、全ての式を加えると、
m m m m
Σqiyi+ΣDiyi≧wΣliyi+Σqieiyi-1       (4)
i=1 i=0 i=1 i=1
となる。逆に、基本問題の上で用いた解による、その問題の制約式の最初からm個の各式に双対問題の上で用いた解qi(i=1、2、・・・・、m)をかけ、最後の式にwをかけて加えると、
  m m        m
         wΣliyi+Σqieiyi-1≧Σqiyi+w  (5)
         i=1 i=1 i=1
となる。(3)を考慮すると、(4)の左辺と(5)の右辺は等しく、(4)の右辺と(5)の左辺は同じものであるから、不等号は全て等号となることを示している。そこで、(4)が等号で表されることは、双対問題の解が、その制約式のi番目の式を厳密な不等号をもたらすならば、それにかけられたyiは0でなければならない。すなわちqi+Di>wli+ei+1qi+1ならばyi=0である。同じように(5)式から、eiyiー1>yiならばqi=0である。したがって、ここではwl>0であるから基本問題の任意の解についてΣliyi=1となることがわかる。
 以上の準備をすると、われわれの基本命題1が次のように証明できる。。
<基本命題1>
有効労働世代の生命価値は正である。
証明
有効労働寿命が世代jまでであるとしよう。まず、世代j以前の世代のうちでその生活過程で投入価値が保存できないものがあったとしよう。すなわちある世代k(k≦j)について、
qk+Dk>wlk+ek+1qk+1         (6)
となっていたとしよう。すると基本問題の任意の解においてyk=0になっていることになる。すなわち世代kは有効労働世代でないことになり矛盾である。すなわちk≦jならば(6)式のようにはならないことになる。すなわち第j世代までの価値保存式はすべて等号で満たされているのである。
 そこで、もし、あるk世代(k≦j)についてqk=0であったとすると、世代k−1までの生活過程の価値保存式でwが決まってしまうことになる。すなわち、全て等号で結ばれているので、
D0=q1e1
        qi+Di=wli+ei+1qi+1 (i=1、2、・・・・、k-2)
        qk-1+Dk-1=wlk-1      (qk=0より)
であり、これはk個の式でqi(i=1、・・・・、k-1)とwを決めている。すなわち、世代k以後の世代が存在しなくても解tlが実現することになる。これは、基本問題において、世代k−1まで正の世代規模を持ち後は全て0という解の中にwと同じ最小必要費用を実現できることになる。すなわち、
eiyi-1=yi (i=1、2、・・・・、k-1)
k-1
Σliyi=1
i=1
yi>0    (i=1、2、・・・・、k-1)
yi=0    (i=k、・・・・、m)
を満たす解についてΣDiyiは明らかにこのwと等しくなる。これは有効労働寿命が世代jまでであることと矛盾することになる。したがって、k≦jについてqk=0とはならない。       証明終わり
 以下ではわれわれは、このliとei+1に注目して、その変化と賃金率の変化とに関する基本命題を証明しよう。
<基本命題2>
有効労働世代の労働強化は再生産費賃金率の低下をもたらす。
 証明
有効労働寿命を世代jまでであるとしよう。労働強化が行われる前の賃金率をw、対応する生命価値をqiとする。労働強化が世代kについておこなわれて、lkがl'k(lk<l'k)となった後の解をw'、q'i(i=1、2、・・・、m)としよう。まずqj+1=0であることは容易に解る。なぜなら、有効労働寿命の定義により基本問題の解の中にかならず ej+1yj>yj+1=0となるものが存在するからである。したがってwは次の体系によって決定されている。
  D0=q1e1
            qi+Di=wli+ei+1qi+1 (i=1、2、・・・・、j-1)
             qj+Dj=wlj
 また、l'kに変化した後の解は次の制約条件式を満たす。
    D0≧q'1e1
       q'i+Di≧w'li+ei+1q'i+1 (i=1、2、・・・・、k-1)
        q'k+Dk≧w'l'k+ek+1q'k+1
     q'i+Di≧w'li+ei+1q'i+1 (i=k+1、・・・・、j)
ここでj+1番目の式以後は省略した。ここで、後の各式から前者の各式を引くと、
0≧(q'1−q1)e1
q'i−qi≧(w'−w)li+(q'i+1−qi+1)ei+1 (i=1,・・・・,k-1)
 q'k−qk≧w'l'k−wlk+(q'k+1−qk+1)ek+1
 q'i−qi≧(w'−w)li+(w'i+1−wi+1)ei+1 (i=k+1,・・・・,j-1)
 q'j−qj≧(w'−w)lj+q'j+1
となる。そこでいま、w'≧wだったと仮定しよう。最初の式より q'1−q1≦0。次にi=1の式において、q'1−q1≦0 であることとw'≧w によって、q'2−q2≦0 でなければならないことが解る。同じことをi=k−1まで繰り返すことによって、q'k−qk≦0 を導出することができる。
 そこで、k=jだとしよう。すると、最後の式は q'k−qk≧w'l'k−wlk+q'k+1 となる。ここで l'k>lkかつw'≧w>0だから必ずw'l'k−wlk>0となる。q'k≧0だから右辺は厳密に正となる一方、左辺は上の議論により非正であり矛盾する。
 k<jの場合は、最後の式より q'j+1≧0、w'−w≧0だからq'j−qj≧0。繰り返してq'k−qk≧0となり、w'l'k−wlk>0だから同じ様に第k式の不等号に矛盾が起こる。したがってw'<wでなければならない。    証明終わり
<基本命題3>
有効労働世代の生存確率の低下は労働力の価値を上昇させる。
 証明
 有効労働寿命が世代jまでであるとしよう。それに対応する価値体系をw、qi(i=1、2、・・・、m)としよう。いま、有効労働寿命に含まれる世代k−1の生存確率ekが減少してe'kになったとして、そのときの有効労働寿命を世代sまで、対応する価値体系をw'、q'i(i=1、2、・・・、m)としよう。
 まず、w'≧wであることは次のようにして確かめられる。w、qi(i=1、2、・・・、m)はekがe'kになった体系においても、一つの実行可能解である。というのは、この体系に下の体系の解を適用すると、他の式はまったくもとの価値体系の状況と同じで、世代k−1の価値保存式だけに変化の影響があらわれ、それは必ず、
qk-1+Dk-1>wlk-1+qke'k
となる。この不等式は問題の制約条件式を満たすものである。最大の解であるw'は実行可能解wを下回ってはならない。すなわちw'≧wである。
 次に、s<jでありかつk≦s+1とはならないことを示そう。初めの体系の世代s+1からjまでの価値保存式は、
qi+Di=wli+qi+1ei+1 (i=s+1、・・・・、j-1)
qj+Dj=wlj
となる。また、もしk≦s+1で上の式にe(k)が含まれていないと仮定すると、それが変化した後の体系の世代s+1からの式はqs+1=0だから、
     Ds+1≧w'ls+1+q's+2es+2
  q'i+Di≧w'li+q'i+1ei+1 (i=s+2、・・・・、j)
となる。初めの式体系から後の式体系をそれぞれ引くと、
   qs+1≦(w−w')ls+1+(qs+2−qs+2)es+2
   qi−q'i≦(w−w')li+(qi+1−q'i+1)ei+1 (i=s+2、・・・、j-1)
  qj−q'j≦(w−w')lj−q'j+1ej+1
となる。最初の式においてqs+1>0、w−w'≦0だからqs+2−q's+2>0とならなければならない。同じ様にして第2番目の式からqs+3−q's+3>0が導出できて、これを繰り返すと結局qj−q'j>0 となることが解る。ところが最後の式で右辺は非正であるから矛盾が発生する。したがってs<jかつk≦s+1ではありえない。
 そこで残りの場合を3つに分けて検討することにしよう。
 (イ)s<jでs+1<kの場合。
 最初の体系で世代sまでの式から、変化した後の式をそれぞれ引くと、
0=(q1−q'1)e1
   qi−q'i=(w−w')li+(qi+1−q'i+1)ei+1 (i=1、・・・、s-1)
   qs−q's=(w−w')ls+qs+1
となる。w=w'と仮定すると、最初の式から順に調べることによって明らかにqi=q'i(i=1、・・・・、s)となる。したがって最後の式でqs+1=0となるが、s<jだからqs+1>0とならなければならないことと矛盾する。したがってこの場合w<w'である。
 (ロ)s=jの場合。
 上と同様に世代jまでの式について、初めの体系の式から後の体系の式をそれぞれ引くと、
0=(q1−q'1)e1
   qi−q'i=(w−w')li+(qi+1−q'i+1)ei+1 (i=1、・・・、k-2)
 qk-1−q'k-1=(w−w')lk-1+qkek−q'ke'k
   qi−q'i=(w−w')li+(qi+1−q'i+1)ei+1 (i=k、・・・、j-1)
   qj−q'j=(w−w')lj+qj+1
となる。w=w'を仮定しよう。最初の式から順に調べるとqk-1=q'k-1 をえる。逆に最後の式から調べることによってqk=q'k をえる。ek>e'kだからqk>0に注意すればqkek>q'ke'k であることが解る。世代k−1の式が等号であることと矛盾する。したがってこの場合もw<w' である。
 (ハ)s>jの場合。
 世代j+1から世代sまでについて、初めの式から変化した後の体系の式を引くと、
   −q'j+1≧(w−w')lj+1+(qj+2−q'j+2)ej+2
  qi−q'i≧(w−w')li+(qi+1−q'i+1)ei+1 (i=j+2、・・・、s-1)
  qs−q's≧(w−w')ls+qs+1es+1
となる。w=w'を仮定しよう。最初の式においてq'j+1>0だからqj+2−q'j+2<0である。以下同じ様に繰り返して、qs−q's<0 を得る。しかし最後の式においてqs≧0だから、右辺は非負である。矛盾が起こる。したがってこの場合もw<w'でなければならない。
したがって全ての場合についてw<w'でなければならないことが解った。
証明終わり
 次に、基本命題4の証明にはいるが、そのためにまず、本文で簡単なモデルの場合に議論した新しい生命の再生産条件を一般的に定式化しよう。新生命の再生産条件は次のようになる。
   m
  Σciyi≧y0
  i=1
  eiyi-1≧yi (i=1、2、・・・・、m)
  yi≧0 (i=1、2、・・・・、m)
まず、以下の議論の大前提となる基本的な仮定を掲げておこう。
<仮定2>
 生命は、少なくともその個体数を維持する生殖能力を有する。
 このことは、上の体系が非自明な(すなわちすべてが0ではない)解を持つということであり、以下ではそのことを必要生殖条件を満たしていると呼ぶことにしよう。さらに、必要生殖寿命は次のように定義される。 
<定義2>
生命が生殖を通してその個体数を維持するために必要な寿命を必要生殖寿命という。
 ここで、本文の中で確認した次の簡単な補題を示しておこう。
<補題2>
k
Σciyi≧y0
i=1 (7)
eiyi-1≧yi (i=1、2、・・・・、k)
を満たす非自明な解が存在することと、
e1c1+e1e2c2+、・・・・、+e1e2・・・ekcm≧1   (8)
であることとは同値である。
  証明
証明は簡単である。まず(7)を満たす非自明な解があれば、明らかにy(0)>0である。(7)の第2式を操作することによって e1e2・・・eiy0≧yi、(i=1、2、・・・、k)を得る。これを第1式に代入して、
(e1c1+e1e2c2+、・・・・、+e1e2・・・ekcm)y0≧y0
となる。したがって(8)式が導出できる。逆に任意のy0>0に対して、
e1e2・・・eiy0=yi     (i=1、2、・・・、k)
をつくる。もし(8)が満たされれば、それらは(7)も完全に満たす。
証明終わり
 ところで(8)の左辺はkに関して単調増加であるから(8)を満たす最小のkについて、世代kまでが必要生殖寿命であるということになる。以上の点を考慮して次のような新たな基本問題を構成することにしよう。
m
min. ΣDiyi
i=1
s.t. m
Σciyi≧y0
i=1
          eiyi-1≧yi  (i=1、2、・・・・、m)
k-1
Σliyi≧1
i=1
yi≧0  (i=1、2、・・・・、m)
 以下ではこの問題を基本問題と呼び、これまでの基本問題を生殖を含まない基本問題と呼ぶことにしよう。同じ様にこの双対問題も定式化しておくことにしよう。
max. w
s.t.
       q0+D0≧q1e1
       qi+Di≧wli+qi+1ei+1+q0ci (i=1、2、・・・・、m-1)
        qm+Dm≧wlm
    w、qi≧0 (i=0、1、2、・・・・、m-1)
仮定2の下では、この二つの問題はともに解を持ちそれらは一致する。
 まず、次の補題から証明しよう。
<補題3>
 準有効労働寿命をj世代までであるとしよう。生殖を含まない双対問題の解の中に次のような不等式を成立させるものが存在する。
Dj+1>wlj+1+qj+2ej+2 (10)
 証明
(10)のような不等号で成立しなかったと仮定しよう。このときある自然数k(m≧k≧j)が存在して、次のような等式の体系が成立する。
Dj+1=wlj+1+qj+2ej+2
  qi+Di=wli+qi+1ei+1 i=j+2,j+3,・・・・,k-1
qk+Dk=wlk
qi>0 i=j+2,j+3,・・・・,k
 この体系の意味は、第j+1世代から連続してその生命価値が正でるような世代の価値保存式は必ず等号で結ばれているということである。実際、qi>0i=j+2,j+3,・・・・,kであるにもかかわらず、そのうちのあるiについて、
qi+Di>wli+qi+1ei+1
が成立したと仮定しよう。するとqiをわずかに小さくし、さらにqi-1をわずかに小さくすることによって、結局Dj+1>wlj+1+qj+2ej+2とすることができるからである。
 したがって、いま上の等式体系が成立しているとしよう。このとき、次のような生殖を含まない基本問題の実行可能解Y'=(y'0,y'2,・・・・,y'k,0,・・・,0)を考えよう。ただし、yi>0、i=0,1,2,・・・・,kである。すなわち、それは、
eiy'i-1=y'i i=1,2,・・・・,k
k (11)
liy'i=1
i=1
を満たすものである。ところで、準有効労働寿命がj世代までであるから、
eiy'i-1=y'i i=1,2,・・・・,j
j
liy'i=1
i=1
によって、与えられるY=(y0,y2,・・・・,yj,0,・・・,0)は生殖を含まない基本問題の最適解の一つである。したがって、これより長い寿命の最適解は存在せず、k>jであるから、
j k
DiYi<DiY'i (12)
i=1 i=1
でなければならない。一方、実行可能解Y'の要素を、生殖を含まない基本問題の最適解の世代kまでの制約式(すべて等号で成立している)にそれぞれかけると、
k k k k-1
qiy'i+Diy'i=wliy'i+qi+1ei+1y'i
i=1 i=0 i=1 i=0
となり、変形して、
k         k k
qi(y'i−ei+1y'i)+Diy'i=wliy'i
i=1         i=0 i=1
をえる。(11)を参照すると、これは結局、
k
Diy'i=w
i=0
となる。一方、双対定理によって、
k
Diyi=w
i=0
となるから、明らかにこれらの事実は(12)式に矛盾する。 証明終わり
 この補題によって次の基本命題が証明できる。
<基本命題4>
 必要生殖寿命が準有効労働寿命よりも長いならば、新生命の価値は正である。
 証明
 準有効労働寿命がj世代までであるとしよう。すると、先の補題3より生殖を含まない双対問題の解に次の式を満たすようなものが存在する。
   D0=q'1e1
q'i+Di=w'li+q'i+1ei+1 i=1,2,・・・・,j-1
q'j+Dj=w'lj (13)
   Dj+1>w'lj+1+q'j+2ej+2
q'i+Di≧w'li+q'i+1ei+1 i=j+2,・・・・,m
 一方、生殖を含む基本問題において、解は必ず、必要生殖寿命だけは正の世代構成となっていなければならないから、あるk(m≧k>j)が存在して、y0,y1,・・・・,yk>0かつyk+1=yk+2=,・・・・,=ym=0となっているものが存在する。このとき、かならずek+1yk>yk+1となっているので、qk+1=0であり、かつ、世代kまでの双対問題の制約条件式はすべて等号で満たされている。したがって、その解は次のようになっている。
       q0+D0=q1e1
       qi+Di=wli+qi+1ei+1+q0ci (i=1、2、・・・・、k-1)
        qk+Dk≧wlk+q0ck (14)
ここで、k=mの場合もこうなることは明かである。
 ところで、生殖を含まない双対問題の解はq'0=0であるような、生殖を含む基本問題の一つの実行可能解となっている。したがって、
w≧w' (15)
となっていなければならない。つぎに(13)のk+1番目までの各式を(14)の対応する各式からひくと、
q0=(q1−q'1)e1
 qi−q'i=(w−w')li+(qi+1−q'i+1)ei+1+q0ci i=1,2,・・・,j-1
qj−q'j=(w−w')lj+qj+1ej+1+q0cj
   qj+1<(w−w')lj+1+(qj+2−q'j+2)ej+2+q0cj+1
qi−q'i≦(w−w')li+(qi+1−q'i+1)ei+1+q0ci i=j+2,・・・,m-1
qk−q'k≦(w−w')lk−q'k+1ek+1+q0ck
となる。
 ここで、q0=0を仮定しよう。ことときさらに、w=w'だったとすると、最後の式において、q'k+1≧0だからqk−q'k≦0となる。順に上にこのことを繰り返すと、結局qj+1<0となり、制約条件に反してしまうので、このことはありえない。したがって、q0=0ならば、w≠w'でなければならないことになる。ここで、(15)を考慮すると、w>w'でなければならないことになる。ところで、q0=0,q1,q2,・・・・,qmは明らかに生殖を含まない基本問題の一つの実行可能解である。実行可能解のwは、生殖を含まない基本問題の最大解w'より大きくてはならないので、w≦w'である。したがって、矛盾であり、q0>0でなければならない。
    証明終わり
 次に、本文にそうと、生活様式という概念をモデルに体化させなければならない。
まず必要生殖条件はつぎのように一般的に表される。すなわち、
    m si   s0
    ci、jyi、j≧ y0、j (16)
   i=1 j=1    j=1
si-1   si
ei、jyi-1、j≧yi、j i=1,2,・・・・,m (17)
j=1 j=1
を満たす、非自明なyi、j≧0,i=0、1、・・・m、j=1、2、・・siが存在するということである。われわれの仮定によってこの条件は満たされている。さらに、
        m si
li、jyi、j≧1 (18)
      i=1j=1
という1単位労働力の生産という制約も加え、その下で、
        m si
Di、jyi、j
      i=0j=1
を最小にするのが、ここでの基本問題であり、経済的基準となる。ここでもし(16)式を含まずに(17)、(18)だけを制約とした問題にすれば、それは生活様式の選択は含むが生殖を含まない基本問題ということになる。
さらに、この基本問題について次の定義を与えておこう。
<定義3>
生殖を含まない基本問題において、もしyi、jが正となる解しか存在しないならば第i、j生活様式は、有効生活様式であるといい、正となる解が存在しないならば、それは非有効生活様式であると定義する。
<定義4>
有効労働寿命の定義の一定化、生殖を含まない基本問題において、どの最適解においてもyi、j(j=1,・・・si)のうち少なくともひとつの要素が正であるとき、それを有効労働世代であるといい。その最大の世代までを有効労働寿命という。
 次の補題を証明しておこう。
<補題4>
生殖を含まない基本問題において有効労働世代であり非有効生活様式を採用する世代グループはその双対問題の生活過程において価値を保存することはできない。すなわち、どの最適解においてもyu、v>0とはならないとしよう。いま、有効労働寿命を世代k(u≦k)までとすると、その双対解において、
qu+Du、v>wlu、v+qu+1eu+1、v (19)
となるものしか存在しない。ただし、u=0ならばq0+D0、v>q1e1、vである。
証明
この命題は双対定理から直接導出することはできない。双対定理によって言えるのは、(19)を満たすような最適解があれば、yu、v>0とはならないということである。したがって、この命題は証明されなければならない。
まず、生殖を含まない基本問題の一つの解を考えよう。定理の前提として、その解のyu、v=0である。この生活様式を含む世代の制約条件は、
su-1 su
eu、jyu-1、j≧ yu、j
j=1 j=1
である。ここでは有効労働世代についてのものであるから、yu-1、j(j=1,・・・、su-1)のいずれか一つは正である。この式の>あるいは=という条件を維持したまま、yu、vを正の数にし、その左辺の正の要素の値を増大させることができる。次に、
su-2 su-1
eu、jyu-2、j≧ yu-1、j
j=1 j=1
について、同じように、いま増加させたyu-1、jの要素について、この式の不等号条件を維持するように、yu-2、j(j=1、・・、su-2)のなかの正の要素を増加させることができる。同じことを世代0まで繰り返すことができる。これによって作られた新たな配置を、y'i、j(i=0,1,2,・・・・m: j=1,2,・・・・,si)としよう。この要素の正、負の配置はyu、vをのぞいてもとの最適解と同じであり、かつそれによって作られる制約条件式の不等号の配置は完全にもとの最適解と同じである。さてこの作られたy'i、jを、
        m si
li、jy'i、j=1
      i=1j=1
となるように正規化しよう。当然これによって前の特徴が失われることはない。したがって、y'i、jは一つの実行可能解となった。一方、双対問題の解w,qi(i=1,2,・・・・,m)は、次の制約条件式を満たしている。
D0、j≧q1e1、j j=1,2,・・・・,s0
qi+Di、j≧wli、j+qi+1ei+1、j i=1,2,・・・・,m-1:j=1,2,・・・・,si
qm+Dm、j≧wlm、j j=1,2,・・・・,sm
 ここで(19)式が等号で結ばれていたと仮定しよう。上の各式に、対応する y'i、jをかけて両辺それぞれ合計する。すると、y'i、jの正、あるいは0の配置はy'u、v以外については、最適解と同じであるから、双対解の制約式が厳密な不等号で成立していると、対応するy'i、jはゼロとなっている。y'u、vについては対応する制約式が等号であるから結局、合計したものも等号で結ばれることになる。すなわち、
m si m si m si m si-1
qiy'i、j+ Di、jy'i、j=w li、jy'i、j+ qiei、jy'i-1、j
i=1j=1 i=0j=1 i=1j=1 i=1j=1
となる。ここでy'i、j作り方から、
m si
             li、jy'i、j=1
i=1j=1
であるから、右辺第1項はただのwとなる。さらに、
m  si si-1
qi(y'i、j−ei、jy'i-1、j)=0
i=1  j=1 j=1
である。なぜなら、y'i、jについての制約式は最適解の不等号の状況を維持しているので、括弧内の値が負になるiについてはqi=0となっているからである。したがって、
m si
Di、jy'i、j=w
i=0j=1
となっている。wは最適解であり、双対定理より基本問題の最小解に等しいので、y'i、jは実行可能解でかつ目的関数を最小にすることになる。すなわち最適解である。これは、最適解でyu、v>0となるものが存在しないとしている前提と矛盾している。したがって(19)が等号で成立することは有り得ない。
証明終わり
一見、この命題の証明方法は他の線形計画問題に適応できるかのようであるが、実際はここでの問題の特殊性に硬く依存している。すなわちこの問題の場合y'i、jが構成できるという、特殊な状況が存在するのである。
この補題を用いると次の基本命題は容易に証明することができる。
<基本命題5>
生殖を含まない基本問題で有効労働世代でありかつ非有効生活様式となっているものが必要生殖条件を満たす上で不可決のものである場合、新生命は正の価値を持つ。
証明
生殖を含む双対問題の解をqi(i=0、1、・・・、m)、wとし、それを含まない場合の解をq'i(i=0、1、・・・、m)、w'としよう。明らかに後者はq0=0と考えた前者の実行可能解であるから、
w≧w' (20)
である。また、生活様式u、vが定理の前提を満たすものであるとすると、かならず
qu+Du、v=wlu、v+qu+1eu+1、v+q0cu、v (21)
である。何故なら生活様式u、vは必要生殖条件を満たす上で不可欠であるから、生殖を含む基本問題においてyu、v>0となるからである。
 一方、補題4より生殖を含まない双対問題においてはどの最適解も必ず、
q'u+Du、v>w'lu、v+q'u+1eu+1、v (22)
となっている。重要なことはもし、この制約式が等号で結ばれる実行可能解があるならばその最大賃金率はw'より小さくなければならないことである。
ところで、もしq0=0だったとしよう。すると明らかにqi(i=0、1、・・・、m)、wは生殖を含まない問題の実行可能解であることになる。ところが(20)より、この式が等号で結ばれているから上の議論より、
w<w'
となる。これは明らかに(20)に矛盾する。したがってq0>0でなければならない。 証明終わり
 以上で、われわれは基本命題をすべて一般的に証明し終えたことになる。

終章 現代的貧困の様相時間的貧困と周辺的貧困
 直面している現代社会との関わりについては、われわれは理論的な議論に終始してきた。しかし、全体を貫いている理論の縦糸は、強く現代という社会状況に規定されたものである。しかもまた、その中でも先進資本制経済、特に日本という状況を念頭においていることは覆い隠すべくもない。したがってその理論は、現にこの地球に存在している絶対的な貧困、飢餓的状況が無視できない現実として存在している社会では、まったく無力であろう。経済学がそれらに対して無力であるのは止む終えないなどと、開き直れるくらいの軽い現実ではない。理論の無力さは自嘲的な無力さである。しかし、以上の理論的議論の範囲内では、そうした状況に甘んぜざるを得ないのである。
 人間がその生命を維持する生活手段に事欠くような状況は、無条件に規定された貧困、絶対的な貧困である。そうした貧困は、日本においては極端な事例としてしか存在しなくなってしまっているかのようだ。しかし、それはそれは表面的であって、絶対的貧困を絶対的に克服してしまったということでは決してない。その貧困は、以外と身近なところに存在している。経済学は、富の増大をその目的として掲げることによって、その社会的な存在意義を公認されてきた。しかし、その長年の苦闘にも関わらず、結局、最も原始的な貧困としての絶対的な貧困を完全に放逐できなかったというのは、一つの歴史的な皮肉である。先進国においても、したがってまた日本においてもその生命の維持というのはなんら具体的に約束されていない。というのは、それを約束することはその経済体制の原理に反するものとしてできないのである。直接的生産者が賃金労働者であり、その階級が人口の主要な構成部分である社会では、確実にその階級部分は、常にその賃金を通して彼らの生命を維持しているということであり、その継続の中断は生命の維持手段の現実的な中断なのである。確かに、彼らが労働を供給する意欲をもちつづける限り、その中断した状態を失業という状態としてとらえ、直接的にはかれ自身の労働と結びつかない若干の外的な補助をえる道は残されている。しかし、それによって本質はなんら変わらない。そこではやはり、常に絶対的な貧困の恐怖によって、人口の主要部分を労働に駆り立てているのである。
 この資本制経済というのは、人口の圧倒的多数の部分に、絶対的貧困の恐怖感を与えることを、その必然的存在条件としている一方で、現実にその部分をそうした貧困の中に陥れることは決してできないようになっている。もちろん、その多数が労働を放棄すればこの経済は維持できないのは当然だが、多数がその消費水準を極端に落とすこともできないのである。
 われわれは、この発達した資本制の経済においても、その背後に絶対的貧困が控えていることを認めているのだが、これまでの章の議論においては、こうした貧困の側面をとり上げることはしなかった。貧困のそうした側面は、古典派経済学が認識していたところでもあるし、またそれはマルクスによって精密な理論的認識として仕上げられたものだった。これまでの議論を、貧困という概念によって総括していこうというのがこの章の目的であり、その際この絶対的貧困という側面は後景に退かざるをえないのである。われわれのこれまでの議論を総括する貧困の概念としてふさわしいものは、時間的貧困という概念と周辺的貧困という概念である。
 時間的貧困という概念は、基本的に第2章の議論と関わっているものである。
 そこでは、資本制においてその基本的富が拡大されていく過程を追った。特にわれわれは、その富の拡大を根本において支えている欲求の発展という問題をとり上げた。欲求の発展が広範な人々によって実現されていくことがこの経済の長期的な発展を保証してきたものである。諸個人の欲求の発展が実現されていくのは、彼らが常に剰余としての欲求を実現していったからに他ならない。資本制経済における人々の直接的な認識としては、必要と剰余というのは、個人的なレベルでとらえられるのであって、社会的なそれではない。欲求とその実現が常に必要の水準か、あるいはそれ以下に抑えられてしまうというのは、この経済においては一般的な状況ではないのである。というのは、それがもし一般的な状況であったならば、この経済はここまで発展することは決してできなかった。もともと、貧困というのは、その絶対的なものを除けば、対応する豊かさあるいは富がなんであるかを明確にすることなしには規定できないものである。われわれは、この資本制経済における社会的な富の概念を、スミスの概念をより普遍化する形で、その総利潤部分に対応する生産物としてとらえてきた。しかし、人間的欲求に関するわれわれの分析が示しているのは、資本制経済において個別的な富の概念、個別的な剰余という概念は、単に社会的なそれの構成部分ではないということである。
資本制の経済において、そうした個別的な富の観点からみれば、その階級的な違いは単に量的な違いにしかならない。しかし、それを必要時間と富としての剰余時間という観点からみると、それは本質的にその区別が階級の区別になり、労働者階級というのは必要の領域におしとどめられる、すなわち人間的な能力の発展の阻害が著しくなってしまうのである。それは、社会的な富の問題としても、個別的な富の問題としてもそうなってしまう。それは、単に見方をかえればそうなるというのではなく、社会の高密度な同期化が、人々をしてその矛盾と対立の中に放り込まざるを得ないのである。それは、直接生産者をして、時間的な貧困の中にとどめることを意味している。労働者にある、豊かさと貧困の矛盾は富の矛盾そのものである。こうした時間的貧困の現実的なあり方を議論することは、われわれが取り扱う問題の範囲を越えている。その検討が、次の課題として存在することは間違いない。
 この時間的貧困というのは、直接的生産者としての労働者に関わる貧困であるのに対して、われわれが周辺的貧困というのは、基本的には労働者階級に属しながら、労働以外に所得源泉をもたないような状況にありながら、自らが労働を提供することが可能でないような部分に生じる貧困である。それは、すなわちその生活様式がいかなる意味でも効率的ではないと社会的な烙印を押される部分であり、それは第3章において詳しい分析をした。それは、われわれのモデルにおいて、生命維持の費用とその収入がつり合わない、最も一般的な双対問題の基準的解において、厳密な不等号が成立してしまう生活様式を選択せざるを得ない人々に生じる。まず第1に、準有効労働寿命を越える世代は無条件にこの周辺的貧困の中におとしめられる。すなわち、老齢化しその提供可能な労働の量が少なくなって、生命の維持が資本制の経済的基準に照らして無意味になるような世代である。もちろんこの人たちの生命を抹殺することはできない。なぜなら、すべての労働者はそこにいたるまでに生命を落としてしまわない限り、必然的にこの非効率的な世代になるからである。もし、彼らの将来がそうした不幸な状況にならざるを得ないとすれば、彼らもそのようなことを強制する経済体制を許容することはないであろう。したがって、そうした老齢化した非効率的世代も生かされなければならないのであり、その生活費用が、なんらかの方法でまかなわれざるのである。ただし、その費用は決して再生産費賃金に含まれることはない。すなわち、その費用が労働者の積み立てによって賄われようが、ある実際に労働しているものからの所得移転によって賄われていようが、それは再生産費賃金からではないのである。すなわち、それは賃金以外の所得項目、社会的な剰余部分、代表的には利潤部分から賄われているのである。すなわち、実際に支払われる賃金の中に本来利潤を構成している部分が含まれていることになるのである。それを、資本家の立場からみても許容せざるを得ないということである。たとえば、必要水準をまかなうだけの年金は、再生産費賃金に含まれないのである。
 第2に、たとえ世代としては有効労働世代の範囲にあっても、その世代の中で肉体的、精神的な条件などによって有効な労働を提供できない生活様式しか選択できない場合もまた、周辺的貧困に陥らざるをえない。このような人々も現に生きていくわけであるが、前と同様にその生活費用は、再生産費賃金を構成することはできないということである。
 このように考えると、資本制経済のもとで行なわれる社会福祉行政は二つの側面をもっていることがわかる。福祉行政に関わる費用も、それが再生産費賃金を構成しないものである限り、社会的な剰余部分から支払われなければならないのであるが、それは一面では資本の利益と合致する内容をもちうる。すなわち、生活環境、労働環境をよくし、有効労働世代の生存確率を上昇させることによって再生産費賃金を低下させることができるのである。しかし、たとえば老人、障害者に対する福祉行政は資本からみれば見返りのない剰余の支出になってしまうのである。こうした、周辺的貧困は、表面的にとらえる限り、資本制に内在する本質的な非道徳性ではないように見えるがそれは誤りである。資本制のもとで、この周辺的貧困の条件を根本的に解決することは不可能であり、それは体制の非合理性を告発する決定的な問題なのである。
 こうした意味で、時間的貧困と周辺的貧困は資本制経済のもとにある労働者を全般的におおっている貧困なのである。