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第 3 章 線形モデルによる生態系分析
  1 節 線形モデルの可能性と必要性
  2 節 生産者−分解者モデル
  3 節 分解者間の競争と共存
  4 節 最大呼吸構成の安定性
  5 節 モデルの一般化と基本定理



第 3 章 線形モデルによる生態系分析   (副目次へ

生態系には観察可能な無数の多様な現象が存在する。しかし,それらの現象の背後にあり,それらを規定しているものを直接見せたりはしない。生態学は生態系の本質的な理解に迫るためにさまざまなマクロ的な原理を提示してきた。最大呼吸仮説はそれらの一つの総括である。仮説は一般にまず検証されることを要求されるが,生態系はどのように小さなものであっても,極度に複雑な実体である。複雑性**の根本には,一つの生物種が集積している遺伝情報*の膨大さがある。さらに,生物は多様な環境の中で生活する過程そのものが創造的であり複雑性を蓄積する過程となっている。生態系は,このような複雑性を創造する主体であり,その基礎としての遺伝情報を抱え込んださまざまな種の個体からなるモザイクなのである。このような生態系が,まだ 1 世紀余りの歴史しかもたない生態学が示す一つの単純な原理によって説明されると考えるのは困難である。*最大呼吸仮説は,生態系の本質の理解への一次接近のための仮説である。したがって,まず必要なことはこの仮説によって生態系の複雑さと秩序,そして美しさのどの部分をどれだけ理解できるかを示すことである。しかし,最大呼吸仮説それ自身は,生態系の構成要素と構造がまったく含まれていない抽象的命題であるにすぎない。必要なことは,*最大呼吸仮説を基礎に,生態系の基本的な構成要素と構造そして機能を再現させてみることである。そして,その結果と生態系の実際の現象との距離を測り評価することである。*最大呼吸仮説を,生態系の相互依存関係とともに思考の中で再現することには一定の限界がある。そして,相互依存関係の整合性を失うことなく,これを行なうための手段がモデルである。

1 節 線形モデルの可能性と必要性   (副目次へ

できるだけ単純な形で生態系の相互依存関係を再現し,かつ*最大呼吸仮説が要求する原理を体化した数学モデルを構成し,そのモデル生態系がどのように機能するかを調べよう。検討すべき点は,構成されたモデルの振る舞いが現実の生態系の振る舞いを模倣しうるかという問題である。されに,モデルの振る舞いの中から生態系の大量現象を見ているだけでは認識できなかった生態系の本質的特徴や,潜在的に可能であるにも関わらず見えていなかった別な現象を予測しえるかを検討する。

このようなモデルを線形モデル*として構成しよう。そのためにまず, 主体* 要素*という二つの概念を定義しておこう。生物的主体(ただ主体という場合もある)とは特定の種の個体であるか,あるいは個体群,さらに生態系の相互依存関係の中で一定の共通性のある位置にいる,いくつかの種の個体群の全体からなるコンパートメント*のいずれかであり,分析目的によって特定化されるものである。これに対して,この主体が摂取したり生産したりしている物質,エネルギーあるいは用役を要素と呼ぶことにしよう(注1)。

本書でいう線形モデルとは,二つの基本的な仮定の上に成立しているモデルである。第一の仮定は,生態系のそれぞれの主体における物質やエネルギー,用役の摂取(以下,獲得,消費あるいは一般的に利用を意味する)や生産の量的関係における線形性である。主体における要素の動きは図~F1 のようにあらわすことができる。



図(F1) 生物主体の摂取と生産

ここで,主体はm 種類の要素 x1,x2, ...... ,xm を摂取することによって,n 種類の要素 y1,y2, ...... ,yn を生産している。これらの単位は,それぞれの要素の量を測る単位で,乾燥重量や熱量,用役の場合は時間や空間の広さなど,多様なものがありうる。線形性の仮*定は,主体が獲得ないしは生産している要素が \lambda (>0) 倍しているならば,他のすべての摂取,生産する要素もすべて \lambda 倍になっていなければならないことをあらわしている。したがって,図~F1 の場合,すべての要素の摂取,生産量をどれか一つの量で割ることによって摂取や生産の規模に依存しない係数をえることができる。たとえば,すべてを y1 で割り次のように係数を定めよう。

ai = (xi)/(y1) i=1,2, ...... ,m
bj = (yj)/(y1) j=1,2, ...... ,n

ただし,明らかに b1=1である。このように与えられた ai や bj はすべて,規模に依存しないで一定の定数となる。ai は 1 単位の第 1 要素の生産のために摂取される第 i 要素であり,bj は 1 単位の第 1 要素の生産と同時に生産される第 j 要素である。したがって,この仮定のもとでは一つの摂取あるいは生産の規模(ここでは y1)が与えられると,その主体のすべての規模がこれらの係数によって与えられることになる。以下この y1 のようなそれぞれの主体に関わる摂取と生産の全体の規模の規準となる量をその主体の活動水準(アクティビティレベル)**と呼ぶことにしよう。あるいは,この主体の活動水準は y1 によって与えられるという。

一見,この線形性の仮定*は窮屈で表現能力が低いようにも見えるが,いくつかの問題については仮定を前提にしながらも柔軟に対応できることを示そう。まず,生物主体の摂取に関する代替性*である。たとえば,動物の場合,一般に食糧が何か特定の有機物に特化しているのではなく,ある食糧が生態系の内部で希少になればかわりに,その時点でより豊富なものを食糧とする可能性がある。あるいは,いくつかの種類の食糧の間の構成比をかえるなどということが生じる。鳥が,ガ*の幼虫もミミズ*も食べるという場合,分析目的によっては,この二つの生体の有機物を区別する必要が生じる。しかし,鳥が状況に応じて両者の食糧としての割合を,適当に変更することは十分ありうる。あるいは,雑食性の動物が植物も動物体の有機物も同等に食べるという場合,植物の食糧としての摂取量を減少させるかわりに動物体の有機物を一定程度食糧として増加させるということも十分ありうる。このような食糧の代替関係*は生態系のいたるところで発生している。しかし,線形性の仮定*をそのまま適用しただけでは,このような代替関係を表現できないことになる。なぜなら,線形性の仮定のもとではすべての摂取に関する量が比例的に変化するからである。しかし,次のように考えることによってこの問題をある程度克服することができる。すなわち,一つの生物主体がいくつかの摂取と生産に関わる係数のセットをもっていると考えるのである。

いま,図~F1 の主体がもう一つの摂取と生産に関わる係数のセット ai', i=1,2,...... ,m と bj', j=1,2,...... ,n を選択可能だとする。すると,この二つの係数の間の状態も選択可能になるのである。たとえば簡単化のために, m=n=2 としよう。するとこの主体の可能な係数のセットは,(a1,a2,1,b2) および (a1',a2',1,b2') である。このとき,任意の 1>t>0 について,

\tilde{a}1 = ta1+(1-t)a1'
\tilde{a}2 = ta2+(1-t)a2'
\tilde{b}2 = tb2+(1-t)b2'

とすると,(\tilde{a}1, \tilde{a}2, 1, \tilde{b}2) という,二つの主体の凸結合となるような主体の係数の状態も表現することが可能になるのである。したがって,同一主体に関する代替的な係数のセットの数を増やせば表現される代替関係が飛躍的に増大することになる。

この点を図~F2 を用いて説明しよう。



図(F2) 線形性の仮定と係数の代替可能性

いま,ある主体の 1 単位の活動水準に対する係数の組み合わせが四つあって,それらをE,F,G,H,とあらわすことにしよう。2 次元の図に描く必要上,係数のうち a1, a2 の二つだけに注目する。図~F2 における E,F,G,H 点はそれぞれ a1, a2 の組み合わせをあらわす。これらの四つの係数の組み合わせが与えられると,それらの点を結ぶ直線上の係数も実現可能になり,この主体の摂取の組み合わせの柔軟な代替が表現できる。図に,E と H を結ぶ直線上の代替は描かれていないが,それはこの直線上の代替が図にあるような EFGH を順に結ぶ直線上の代替に比べて劣等な係数となる可能性が強いからである。すなわち,EH 線上の代替は同じ 1 単位の活動水準なのに摂取する要素量が大きく,他が同じであれば非効率的なのである。 EG と FH についても同じことがいえる。

具体的には,この場合,この主体の活動水準はそれぞれの係数の組み合わせに対応した四つの活動水準 y1E, y1F, y1G, y1H を用いて表現するようになる。そして,たとえば,EF 上の状態は y1G = y1H = 0 で y1E, y1F > 0 であるような状態として表現されることになるのである。

柔軟な拡張が可能なもう一つの問題は,生物主体の生活サイクルの違いに関するものである。たとえば,発生から死までの完結したサイクルが,A という生物主体では 1 年で,B という生物主体では 2 年である場合,フローの量である摂取や生産量を測るための期間を設定する上で問題が生じる。もし,1 年という期間で測るならば,A の場合はその期間の摂取量と生産量で物質的関係が閉じる。すなわち,1 年間の*純生産の全体が有機物プールへの供給となっているからである。しかし,B の場合は,1 年の間のフローとしての摂取量と外部への供給をとらえただけでは,外部への何ら供給物とならない生物体のストックの形成になった部分が物質フローとして計算されず,この主体の活動全体をとらえたことにならない。この,生物体のストックは,この主体以外の主体との物質的な関係を結ぶことなく,次の期間に引き継がれることになる。そこで,このような場合に,B の 1 年目の主体と 2 年目の主体を最初から別な主体にしておいて,1 年目の主体はその生体を 2 年目の主体に供給するとし,2 年目の主体はその生物体を摂取するといように操作すればよい。これによって,生活サイクルの違いという問題を,厳密性を何ら犠牲にすることなく処理できることになるのである。この方法は生活サイクルの違う多数の生物主体が存在する場合にも簡単な拡張で応用できる。

線形モデルの第二の仮定は,異なる主体間で,主体の外部に供給された要素量と主体によって利用された外部の要素量の関係が一次方程式ないしは一次不等式のよってあらわされることである。いま,生態系には s の主体が存在し各主体の活動水準は (y1,y2,...... ,ys) で,それを単純にベクトル y とあらわそう。また第一の仮定を前提にすれば,ある要素について,各主体が外部に供給する量を関数 f( y) ,また各主体がその要素を利用する量を g( y) であらわすことができる。するとこの第二の仮定は,これらの関数の間の関係が,一次方程式の場合,

f( y) = g( y)    (E1)

と,二つの関数が一次式となっていることを意味している。一次不等式の場合,等号が不等号に代わるだけである。線形モデルは,このような一次方程式あるいは不等式が一つ以上連立して生態系の構造を表現するようなモデルである。

二つの関数が一次式になっているということは, (y1,y2,...... ,ys) の一次の項だけではなく定数項が入っている可能性があることを意味している。f( y) に含まれている定数項は生態系の外からのその要素の移入であり, g( y) に含まれている定数項は生態系の外への移出である。

一般に第一の仮定が満たされているにも関わらず要素のバランスが一次式以外の関係になることは考えにくいかも知れない。関数 f( y) や g( y) が非線形の関数になる状況は,主体が供給した要素の量の全体が他の主体にとって利用可能にならない場合に発生する。たとえば,ある動物の生体量は,その動物が死んでから一定の時間内にそれを補食する肉食動物の食糧とならないと腐敗し分解者の食糧としてしか利用できなくなる。したがって,供給される動物の生体が少なくなり生態系の中でのその要素の密度が低下すると,肉食動物がその食糧に出会う確率が低くなり肉食動物の食糧という要素ではなくなってしまう。植物が食糧になる場合も同様のことがありうる。植物は栄養塩類を不可欠な要素として利用する。しかし,生態系全体では栄養塩類の現実の供給密度が一様ではないのが一般的である。この線形性の仮定*が意味するのは,生態系に有機物の分解を通して供給された栄養塩類であろうが生態系の外部から供給された栄養塩類であろうが,利用可能性はすべての植物にとって等しく与えられているということである。したがって一般に,この仮定は,すべての要素はすべての主体にとって等しくかつ完全に接触可能なものとして供給されるという仮定に読み変えることができる(注2)。

現実の生態系には,これらの線形モデルの仮定にそぐわない現象が数多く存在している。したがって,線形モデルを用いることは現実の生態系をモデル化する上で,リアリティを少なくない程度に犠牲にしていることは明らかである。しかし,現実の生態系の個々の現象にあらわれる非線形性にとらわれ過ぎると,生態系の全体的なモデル化が不可能になる。生態系の個々のミクロ的な現象について非線形モデルは有効な示唆を与えてくれるだろう。しかし,非線形モデルを用いると主体の相互依存関係からなる生態系の構造を表現することは,著しく困難となる。線形モデルは,その中に多くの主体や要素を含む相互依存関係の構造をはめ込んだとしても,数多くの数学的解析の手段を利用することができる。生態系のマクロ的,全体論的な分析のためには線形モデル化は不可欠なのである。

しかし,生態系の全体的な構造を線形モデルによって分析する試みは生態学の世界においても歴史が浅い。このような試みは,ハノンによって1973年になってようやく始められた(注3)。ハノンの試みは,経済学において開発された投入−産出分析(Input-Output Analysis)*の手法を,生態系分析に応用したものである。そのモデルは,要素のバランスを主体の数と同じ数の一次方程式で構成したものであった。この方法による分析は,その後,多くの研究を導き出した(注4)。しかしこれらのモデルは,それぞれの主体が単一の要素しか生産しないことを前提に構成されていた。この前提は,生態系の生物主体を表現する上では,著しく強い仮定である。なぜなら,生物主体は多様な物質や用役の生産能力をもち,それが生態系の多様性*の最も重要な源泉だからである。たとえば,樹木を考えてみよう。樹木は,葉,枝,幹,樹液,果実,など多様な物質を同時に生産する。動物もまた,性質の大きく違う多様な物質からその生体が構成されている。そして,それらを食糧とする生物主体はこれらの生産された物質の違いによく反応する。一つの分割できなプロセスから異なった複数のものが生産されることを結合生産(joint production)*と呼ぶが,投入−産出モデルは生態系に存在しているこの普遍的な現象をとらえることができないのである。

この制約を克服する試みは行なわれているが,決して十分なものではない(注5)。このような結合生産を合理的に扱うことのできる線形モデルは経済学の世界ではフォン・ノイマンモデル*ン}と呼ばれている(注6)。以下の分析的に用いられるモデルは,このフォン・ノイマン型のモデルである。ただし,もともとのフォン・ノイマンモデルは閉鎖モデル*として登場した。すなわち,そこにあらわれる財やサービスはすべてシステム内で再生産可能であることを前提にしているのである。この閉鎖性の前提によって,特殊な成長均衡*の導出が可能になっていた。しかし,生態系をモデル化する場合,要素に関して外部とのやりとりがないというモデル化は極端に非現実的である。太陽エネルギー,水,大気あるいは栄養塩類など,生態系を開放的なものであると考えなければならない要因が多数存在している。したがって,本書で用いるのは基本的に外部との物質のやりとりがありうる開放モデル*である。

2 節 生産者−分解者モデル   (副目次へ

ここでは,生態系の最も単純なモデルを構成し,*最大呼吸仮説がどのように機能するかを調べよう。生態系は,マクロ的にみると有機物の生産過程とその分解過程という二つの過程から構成されている。一般に,生産過程は太陽エネルギーの固定化能力をもつ植物に担われている。分解過程は,この場合,動物である消費者と,菌類・バクテリアなどの分解者によって担われている。いま,生産者 1 主体,分解者 1 主体によって構成されているモデルを構成しよう。したがって,このモデルにおける分解者は消費者も代表していると考えられる。モデルの生物主体はこの二つである。何らかの内部的な構造をもちながら,これ以上に単純な生態系のモデルを構成することは不可能であろう。

生産者は光合成*によって太陽エネルギーを固定化し,呼吸廃熱と 1 種類の有機物を生み出す。その際,分解者によって分解生成されたされた栄養塩を必要とする。栄養塩は窒素化合物の 1 種類のみであると想定しよう。生産者の活動水準を有機物生産量によってあらわそう。また生産者の有機物生産量をx1であらわす。この有機物生産量をどのような単位であらわすかは以下の議論の結果に影響を与えないが,乾燥重量*で測っていると考えておけばよいだろう。ここでは,外部から供給されるエネルギー源として太陽エネルギーだけを考慮し,有機物の移入などはないとする。1 単位の生産者の活動に必要な太陽エネルギーの量をe1(>0),同じく栄養元素量(N)で測った必要な栄養塩量をa21(>0)としよう。また,1 単位の活動によって生み出される,呼吸廃熱量をr1(>0)とする。ただし,太陽エネルギーと以下の呼吸廃熱はすべて共通の単位,たとえば熱量(kcal)単位で測られているとする。

つぎに,分解者の活動水準は,栄養元素で測った栄養塩の生産量によって計り,それをx2とする。また,1 単位の分解者の活動に必要な生産者の有機物の量をa12(>0)とする。1 単位の分解者の活動の結果あらわれる難分解物をb32(>0),同じく呼吸廃熱生産量をr2(>0)としよう。分解者が難分解物を生産することは,実際の生態系のおけるバクテリアや菌類の活動とは必ずしも一致しない。生態系においてバクテリアや菌類は最も高い分解能力をもっているのである。しかし,気温や降雨などで特別に自然環境*の良い熱帯多雨林*などの生態系を別にして,生態系は一般に腐植(humus)*などの形で分解に長い時間のかかる有機物を生み出す。このモデルではこの難分解物を分解者の結合生産物*としてあらわしているのである。

さらに,以上の定式化された量はすべてフロー量であり,この生態系のサイクル*にふさわしい一定の期間(たとえば 1 年)を前提にしている。その期間の期首に生産者も分解者もその活動を開始し,期間の終わりに終了するということである。そして,生産者の活動も分解者の活動も完全にこの期間に同期化*しているとしよう。したがって,各期の期末に各主体の生産した要素が利用可能になり,次の期首からその要素の別な主体の利用が開始されるということである。生産された量が利用されない場合,ストックとして残ることになるが,ここでの分析は成熟した定常状態にある生態系の分析であり,簡単化のためにこの部分は特に注目していない。あえて合理化すると,未利用物質がその期の期末までには生態系の外へ移出してしまい,次期において利用できなくなっていると考えればよい。

以上の状況は,図~F3にあらわされている。



図(F3) 生産者−分解者モデル:基本モデル

図から明らかなように,このモデルは生態系を極端に単純化している。たとえば,生産者が行なっているであろう,二酸化炭素の固定化は明示的に示していない。大気という二酸化炭素のプールから十分供給があることを前提にしている。また,水や窒素化合物以外の栄養塩類もモデルから捨象している。

ところで,この生態系には栄養塩の生態系内部の循環が位置づけられているが,一つの問題はこの生態系において生産される難分解物に含まれている栄養元素は循環に乗らないということである。外部からの栄養塩の移入は明示的に示されていないので,このままでは栄養塩の循環からの遺漏により生態系は縮小再生産しか行なえなくなる。しかし,簡単化のため,この点についてはここでは次のような仮定をする。一般に生態系では,窒素固定菌*が窒素の循環に重要な役割をはたしていることはよく知られている。*窒素固定菌の活動は,この単純な生態系では分解者の活動に対応している。そこで,分解者の 1 単位活動水準あたりの窒素固定量はちょうど,同じ活動水準で生産された難分解物に含まれている栄養元素量に等しいと仮定する。

この生態系モデルの解析の前に,上で定義した諸係数が,熱力学の第一法則*を侵していないことを示す条件を確認しておこう。そのためにまず,生産者の有機物と難分解物は 1 単位あたりそれぞれp1, p3というエネルギーを体化しているが,栄養塩の利用可能なエネルギー体化量はゼロであるとする。有機物自身の体化エネルギー量は測定可能であり,生態系内部の相互依存関係から独立に与えられる。すると,諸係数とこれらの体化エネルギー単位の間には次のような関係が成立していなければならない。

e1=p1+r1    (E2)
p1a12 = p3b32+r2    (E3)

式(E2) は生産者が 1 単位の有機物の生産のために固定化した太陽エネルギー(左辺 e1)が有機物生産 p1 と呼吸廃熱 r1 にバランスしていることをあらわしている。また,式(E3) は,左辺は分解者が 1 単位の栄養塩の生産のために摂取した有機物に体化していたエネルギーをあらわし,右辺は難分解物と呼吸廃熱の合計であり,両者がバランスしていることをあらわしている。ただし,これらの式は,体化エネルギー量を決定している式ではない。体化エネルギー量は現実に測定可能であるから,諸係数が満たしていなければならない条件である。この場合は,たまたま体化エネルギーを未知数と考えて上の二つ式から解くことができるが,一般に,結合生産*を自由に許容するモデルでは,このような方法で体化エネルギー量を確定することはできないのである。たとえば,この場合でも生産者が生態系にとって異なる機能をもつ二つの有機物を生産していると未知数が式の数よりも多くなってしまう。

この生態系が,時間的にすべての規模が変化しない定常状態にあるとしよう(注7)。このとき,それぞれの要素について供給された量以上に使用できないという条件は次のようにあらわされる(注8)。

e1x1≦ E    (E4)
a12x2≦ x1    (E5)
a21x1 ≦ x2    (E6)
0≦ b32x2    (E7)
x1,x2 ≧ 0    (E8)

ここで,(E4)におけるEは生産者にとって利用可能なエネルギーの上限をあらわす。ただし,この E は実際に生態系,ないしは生産者に到達している太陽エネルギーではない。森林生態系*では 2 〜 3 \%,草地生態系*では 1.5\% 前後といわれる生産者の*粗生産効率を q とし到達する太陽エネルギーを S とすると(注9),この E は,

E = qS

をあらわしている。したがって式(E4)は,生産者の活動水準が利用可能なエネルギー量に上限を画されていることをあらわしている。(E5)は,分解者による生産者の有機物の利用はその供給を上回ることができないという条件である。(E6)は栄養塩の生産と摂取のバランスをあらわす条件式である。(E7) は難分解物は供給のみであることをあらわしている。最後の式は,二つの主体に関する活動水準が負であってはならないことをあらわしている。

ところで,(E4)から(E8)の式を満たすx1,x2(以下実行可能解*と呼ぶ)は常に存在するとは限らない。すなわち,もし二つの係数 a12,a21 に関して,

1≧ a12a21    (E9)

が満たされていないならば,実行可能解は存在しない。この不等式は,1 単位の生産者の有機物を生産するのに必要な生産者の有機物それ自身が1かそれよりも少ないということをあらわしている。なぜなら,a21 は 1 単位の生産者有機物の生産に必要な栄養塩をあらわし,a12 は 1 単位の栄養塩の生産に必要な有機物をあらわすから,この二つをかけた (E9) の右辺は,1 単位の有機物の生産に間接的に必要となる有機物それ自身をあらわすからである。したがって,この条件は生産者と分解者の相互依存的な物質循環の有効性,持続可能性*をあらわしている。この条件が満たされなければ,生態系は定常状態を持続させることは不可能になり規模の連続的縮小を余儀なくされてしまう。以下,生態系はこうした純生産性*に関わる条件は常にみたしていると仮定する。

この条件が満たされていれば,実行可能解が存在する。その一つの例が図~F4 にあらわされている。



図(F4) 基本モデルの実行可能解

この図~F4の場合は,(E9)が等号ではなく厳密な不等号で成立している場合である。図~F4の,網がかけられた領域がx1,x2の実行可能解の集合をあらわしている。もし (E9) が満たされていないと,このような領域があらわれないことは容易に確認できるだろう。

*最大呼吸仮説は,実行可能解のうちこの生態系の*群集総呼吸 \Re が最大になるようなものが生態系の主体の構成になることを主張している。すなわち,\Re = r1x1+r2x2 を最大にする点が最適解となるのである。この図~F4 の場合,その解はA点である。この解の特徴をみておこう。図~F4 の中のもう一つの端点としてB点が存在するが,A点もB点も利用可能なエネルギーを最大限使うこと,すなわち生産者の活動水準が最大である点では同じである。違いは,前者が生産者の有機物をすべて使いきるほどに分解者の活動水準が高いのに対して,後者はちょうど生産者に必要な栄養元素を供給する程度にしか分解者が活動しないような点となっていることである。いいかえれば, A 点は,生産者の有機物は使いきるが栄養塩は過剰生産する点であり,B 点は栄養塩は使いきるが生産者有機物を過剰生産してしまうような点なのである。後者のように,分解者が生産者の必要量を考慮してみずからの活動水準を規定することは非現実的である。分解者もまたみずからの存在の強度を最大化するだろうからである。したがってこのモデルの場合,*最大呼吸仮説が与える生態系の構造は明らかに直観的妥当性をもっている。そして,このような過剰に生産された栄養塩は,この生態系内に蓄積されるか,外部へ移出することになる。

次にこの*最大呼吸仮説の双対問題*とその解について考察しよう(注10)。太陽エネルギー,生産者有機物,栄養塩,難分解物のそれぞれの*呼吸廃熱価値をs0, s1, s2, s3 としよう。それらの価値はすべて,それぞれの 1 単位要素あたりのエネルギーという単位である。このとき,双対問題*は次のように定式化される。\\ Min. s0E \\ s.t.

s0e1+s2a21 ≧ s1+r1    (E10)
s1a12 ≧ s2+s3b32+r2    (E11)
s0,s1,s2,s3 ≧ 0

呼吸廃熱生産量の最大化問題は,このような太陽エネルギーの呼吸廃熱価値最小化問題という双対問題をもっている。ただし,式(E10) および式(E11) は最小化の制約条件式である。また,このモデルでは外部からこの生態系に入ってくる,あるいは生態系を規定する要素が太陽エネルギーだけであるために,このような呼吸廃熱価値最小化となったが,現実には水やその他のさまざまな要素の総*呼吸廃熱価値の最小化となる(注11)。

この問題の,最小解におけるそれぞれの呼吸廃熱価値は,対応する物的素材の限界的な 1 単位の変化が総呼吸廃熱量に与える変化量をあらわしている(注12)。すなわち,s0は外部からの利用可能なエネルギーの 1 単位の増大による総呼吸廃熱の増大量である。s1,s2,s3はそれぞれ,仮に外部から1単位の対応する物的素材の供給量があった場合の呼吸廃熱の増大量をあらわす。したがって,それらの価値は,それぞれの要素が呼吸廃熱の生産にどれだけ貢献するのかをあらわしている。もちろんそれらの外部からの供給は呼吸廃熱を増大する方向に働き,何らかの意味で,外部への供給は呼吸廃熱の減少をあらわす。したがって,もとの呼吸廃熱最大化問題において,過剰に生産されている素材の呼吸廃熱価値はゼロである(注13)。なぜなら,外部からその要素が追加的に供給されたとしても最大化されるべき*群集総呼吸に何の影響も与えないからである。この問題においては難分解物は常に過剰生産されるので,その呼吸廃熱価値はゼロである。

そこで,(E11)であらかじめs3=0とおいたものを考えよう。すなわち,

s1a12 ≧ s2+r2    (E12)

である。(E10)および(E12)を満たす非負象現内の領域を図~F5にあらわしている。



図(F5) 基本モデル双対解の実行可能領域

この図で,面ABCDFよりこちら側が(E10)の満たす領域であり,面GHDIより上側が(E12)を満たす領域である。したがって,Dを頂点,DJ,DF,DIを辺とする三角錘が両者をともに満たす領域である。そして,この領域の中で s0 を最小にする点が最小解の*呼吸廃熱価値 s0, s1, s2 を与える。ところで,(E9)の純生産条件*が成立している限り,D点は解に含まれる。すなわち,もし(E9)が厳密な不等号で成立しているならば,D点のみが解であり,もしそれが等号で成立しているならば,半直線DJの全体が解となる。後者は特殊な場合であるから,前者のようなD点のみが解となる状況を考えてみよう。

このとき,D点の座標をみれば明らかなように,栄養塩の呼吸廃熱価値s2もゼロとなっている。これはちょうど,もとの問題で A 点が最大呼吸解になり,その点で栄養塩が過剰生産されていることに対応していいる。すなわち,過剰に生産されている栄養塩の*呼吸廃熱価値はゼロとなっているのである。また,D 点が解となる状況では,(E10) も (E12)も等号で成立していることに注意しよう。そこでいまs2=0とおいて,(E2)から(E10)引くと,

(1-s0)e1=p1-s1

をえる。また,(E3)から(E12)引くと,

(p1-s1)a12=p3b32

をえる。これらの式から,

(1-s0)e1a12=(p1-s1)a12=p3b32

をえる。最右辺は厳密な正であり,(E10) より s0 は正でなければならないから,

0<s0<1    (E13)
s1<p1    (E14)

であることがわかる。(E13)は,たとえ太陽エネルギーが1単位増加したとしても呼吸廃熱はそれ以下にしか増大しないということを意味している。(E14)は生産者有機物の呼吸廃熱価値が,体化しているエネルギー以下であることを意味している。特に前者に注目しよう。これは,生産者によって固定化された太陽エネルギーが完全に呼吸廃熱にならないことを意味している。すなわち,エネルギーの一部が何らかの有機物に体化し,呼吸廃熱にならない状態にあることを意味しているのである。このモデルにおいてそれは,難分解物が呼吸廃熱化しないことによって発生している。最大呼吸仮説において,このことは特に重要な意味をもっている。すなわち,*最大呼吸仮説は生態系の本質的な能力が*群集総呼吸の水準によって与えられることを示唆している。そして,s0 は群集総呼吸の生産効率をあらわしていると考えられるからである。

ただし,このモデルの場合,外部から供給されなければならない要素としては太陽エネルギーだけしか含めていない。そのために,この結論に関して検討すべき問題が存在する。それは,現実の生態系においては明らかに太陽エネルギー以外の要素が生態系の規模を規定している場合があることである。そのような要素として最も重要なのは水である。乾燥地帯の生態系*では,太陽エネルギーは十分に存在しながら,供給される水が少ないことによって生態系の発展が制約されている。そのような生態系においては,太陽エネルギーは過剰に供給されるためにその呼吸廃熱価値はゼロになってしまう。かわりに,水の呼吸廃熱価値が,その追加供給によって固定化可能になる太陽エネルギーを担う形で正になる。このような場合が存在することは,太陽エネルギーの呼吸廃熱価値を群集呼吸の生産効率とみなすことは都合がよくないように見える。しかし,生態系にとってエネルギーは循環不可能なものであり,他の物質は循環可能であることを思い出すべきである。つまり,外部からの供給が不可欠であるのは何よりも,エネルギー源なのである。したがって,エネルギー源以外の物質的な要素が基本的な制限要因*になっている生態系は,成熟化が不十分にしか進んでいない生態系とみなすこともできる。もちろん,特殊な生態系の場合は,定常化した生態系であっても,物質フローがエネルギーフローよりも生態系の本質的制約であることはありうる。しかし,太陽エネルギーの呼吸廃熱価値が,生態系の総呼吸生産効率の主要な指標であることは否定できない。

また,(E14)式も,太陽エネルギーの*呼吸廃熱価値が 1 よりも小さいのと同じ理由で,生産者有機物の体化エネルギーよりも呼吸廃熱価値が小さいことを意味している。すなわち,生産者有機物の一部は分解者によって難分解物化され,呼吸廃熱化しないのである。したがって,生産者有機物の追加的供給は,その体化エネルギー以下の*群集総呼吸廃熱の増加しかもたらさないことをこの式はあらわしている。

3 節 分解者間の競争と共存   (副目次へ

次に,分解者が複数存在する場合にモデルを拡張しよう。すなわちこれまでの分解者に加えて,もう一種類の分解者が存在している場合である。二種類の分解者の摂取と生産の要素の組み合わせは同じで,量的な構成だけが異なっているとしよう。これらの状況は,図~F6にあらわされている。



図(F6) 拡張された 2 分解者モデル

この図で,もう一つの新たに加わった分解者に関わる係数は,' (プライム)をつけてあらわしている。二種類の分解者によって生産された栄養塩は,プールNに蓄えられ,生産者によって消費される。これは,二つの生産者によって栄養塩が完全に代替的なものであることを意味している。

問題は,この二種類の分解者が*最大呼吸仮説のもとでどのような構成になり,生態系のどのような構造が実現されるかである。特に,二種類の分解者が共存*するような構成はありえるのか,他方を排除するような場合があるとしたらどのような条件のもとでかが問題になる。

まず,各主体の活動がエネルギー保存則を満たしていることを示しておこう。すなわち,前のモデルで示した(E2)および(E3)が成立するとともに,

p1a'12 = p3b'32+r'2    (E15)

も成立していなければならない。この条件のもとで,このモデルに関する最大呼吸仮説の原問題は次のように定式化できる。\\ Max. r1x1+r2x2+r'2x'2 \\ s.t.

e1x1≦ E    (E16)
a12x2+a'12x'2≦ x1    (E17)
a21x1 ≦ x2+x'2    (E18)
0≦ b32x2+b'32x'2    (E19)
x1,x2,x'2 ≧ 0

この問題の目的関数は,*群集総呼吸 \Re をあらわしている。さらに,呼吸廃熱価値を決定する双対問題*は次のように定式化できる。\\ Min. s0E \\ s.t.

s0e1+s2a21 ≧ s1+r1    (E20)
s1a12 ≧ s2+s3b32+r2    (E21)
s1a'12 ≧ s2+s3b'32+r'2    (E22)
s0,s1,s2,s3 ≧ 0

まず,原問題の最適解がどのように決まるかを検討しよう。すなわち,*最大呼吸仮説のもとでの生態系の構造の検討である。まず最初に生態系の*純生産性を問題にしよう。分解者が一つの場合は,(E9)がそのモデルに関する物的な純生産性条件*をあらわしていた。問題は,新たに加わった分解者に関してもこれが成立しているかどうかである。そこで,新たな分解者に関してこの純生産条件が成立している場合とそうでない場合について検討しよう。

( I ) 二つの分解者がともに生産的な場合

すなわち,(E9)とともに新しい分解者に関する,

1≧ a'12a21    (E23)

も成立している場合である。これは,生産者と新分解者との間の物質循環もまた生産的であり持続可能であることをあらわしている。この場合の最大呼吸解は,次の式の成立いかんに依存している。

(r'2)/(a'12)>(r2)/(a12)    (E24)

もしこの条件が成立しているならばx2=0, x'2>0が解となり,これが逆の厳密な不等号で成立しているならばx2>0,x'2=0が解となる。等号で成立していれば二つの分解者は無差別である。この,(E24)の意味は 1 単位の生産者有機物の摂取に対する呼吸廃熱生産量が新しい分解者の方が大きいことを意味している。これは新しい分解者の方が,より少ないエネルギーを難分解物に体化することを意味している。摂取有機物あたりの呼吸廃熱の生産効率の高い分解者の方が生態系の最大呼吸に貢献するというのは自然な結果である。一つの分解者が選ばれた条件のもとでは,双対解の状況などは,分解者一つのモデルの場合と同じになる。

( II ) 新分解者が生産的でない場合

すなわち,(E9)は成立していても新分解者に関する条件(E23)が成立していない場合である。このことは,新分解者は物的な効率が悪く,生産者とこの新分解者だけでは生態系の*持続可能性を確保できないことを意味している。この場合,新たな分解者がもし(E24)を満たさないならば,すなわち呼吸廃熱の生産効率も劣るならば,明らかに,この分解者の生態系における積極的存在意味はなくなる。(E24) が満たされない場合には,この式が等式となる場合も含まれるが,さらに,

(r'2)/(a'12)<(r2)/(a12)

と逆方向の厳密な不等号が成立する場合は,*最大呼吸仮説のもとでは新分解者は完全に生態系から排除される。したがって,この場合は新たに考察すべきものはない。

問題は,(E24)が成立している場合である。すなわち,新たな分解者は生態系における物的生産性は低いが生産者有機物の単位摂取に対する呼吸廃熱生産量はもとの分解者より高いという場合である。この場合の実行可能領域は,図~F7 にあらわされている。



図(F7) 拡張モデルの実行可能領域

この図における実行可能領域はOを頂点としABCを底辺とする三角錘である。ただし,分かりやすくするために,ここでは(E9)は厳密な不等号で成立している図にしている。(E24)が成立しているもとでは最大呼吸の構成はA点となる。新たな分解者が加わるまでは,最大呼吸構成はB点で与えられていたが,それがA点に移ったことになる。B点は,新しい分解者の活動水準がゼロであり,A点は,もとの分解者の活動水準がB点よりも低く,なによりも新分解者がその物的生産性の低さにも関わらず,正の活動水準が維持される構成である。次のようにも言い換えることができる。すなわち,B点は太陽エネルギーは最大限利用され,生産者有機物が最大限生産され,もとの分解者の栄養塩生産量も最大になっている。しかし,重要な点は,それによって栄養塩の過剰生産があらわれていることである。そこで,この無駄を利用して,栄養塩の生産効率は悪いけれども呼吸廃熱生産性の高い新たな分解者を活動させ,生態系全体としての呼吸廃熱生産量を高めようとしているのである。

これは二種の分解者の間の共存関係をあらわしている。二種の分解者は摂取する有機物と生産する栄養塩は同じであるという点では,それぞれのニッチ(ecological niche:生態学的地位)*はかなり重なり合っている(注14)。ガウゼの 競争的排除の原理*によれば生態系内の同じニッチに二つの種は共存できないということになる(注15)。しかし,この二つの分解者の種は微妙な*ニッチの差によって共存できている。すなわち,一方は呼吸廃熱の生産効率が高くもう一方は栄養塩の生産効率が高い。前者は,生態系のマクロ目的*クロ目的}にとって,エネルギーを利用しきる効率が高いという点から,栄養塩の生産以外の点での貢献が認められたのである。

2 種の分解者が共存する場合の双対解の特徴についてもみておこう。まず(E13)の成立は容易に確かめることができる(注16)。さらに,図~\ref{fig-3-5} からも明らかなように,(\ref{eq-3-20}) および(E22) が等号で成立しているので(注17),それぞれの式の両辺をa_{12},a'12で割ると二つの式の左辺がs1で等しくなる。そして,次の式をえる。

(s2)/(a12)+(r2)/(a12)=(s2)/(a'12)+(r'2)/(a'12)

ただし,難分解物は常に過剰生産されているので,s3=0としている。したがって,

((1)/(a12)-(1)/(a'12))s2=(r'2)/(a'12)-(r2)/(a12)

をえる。(E9)が成立し(E23)が成立していないので,明らかにa12<a'12でなければならない,したがって左辺は正である。一方,新たな分解者が呼吸廃熱の生産性が高いことは,(E24)が成立していることであるから,右辺もまた正である。したがって,

s2>0

であることがわかった。これは,利用可能なエネルギーを体化していない栄養元素もまた,正の呼吸廃熱価値をもちうることを示している。

4 節 最大呼吸構成の安定性   (副目次へ

前節では,*最大呼吸仮説が支配するもとでの生態系構成の特徴をみたが,実行可能構成の中でなぜその最適構成が選択されていくのか,すなわち安定性の検討が行なわれなかった。たとえば,図~F7 において,なぜB点が選択されずにA点が実際に選択されるのか,あるいは,何らかの撹乱などによって生態系がB点のような構成にある場合に,その状態がA点へ移行する直接的な契機は何かが問題である。B点もまた実行可能解であるから,生態系はB点を選択し続けることによって,その状態を持続させることができる。ただ,B点はA点よりも生態系全体としての呼吸廃熱の生産量が小さい構成という点が異なっているのである。

この問題を考えるために,もう一度,生態系が呼吸廃熱を最大化することの意味を考えなければならない。呼吸廃熱が最大化されるということは利用可能なエネルギーを完全に使いきることを意味している。もし*遷移の初期の段階であれば,生態系内への一定の有機物の蓄積は必要となるだろう。しかしここでは,一つの生態系が成熟期にある極相*状態を問題にしている。それは生態系が成長という力から解放された定常状態でもある。そして,この状態において生態系はエネルギーを最も効率的に使いきる方向に内部構造の再組織を行なうと考えられるのである。しかし,これらの点は理論的可能性にとどまっている。明確にしなければならないのは,そうした組織化を行なう現実的な力である。その点をとらえるカギは,極相状態におけるエネルギーの利用効率の悪さは,システムの脆弱性をあらわす可能性がある点にある。これは*最大呼吸仮説の重要な含意である。そして,このシステムの脆弱性は,撹乱に対する回復力の弱さ,および対立的なシステムに対する弱さでもある。したがって,こうした脆弱な生態系は淘汰されることになる。それは,個体に対する適者生存ではなく,システム全体に対する適者生存の原理*が働くと考えられるのである。

このことの意味は,上の例でとらえると,現状で何らかの要因によって B 点に生態系の構成があると,システムは相互的な協力関係によって構成を A 点に移すということである。すなわち,もともとの分解者はみずから新たな分解者に生産者有機物の利用を許すという行為にでるのである。新分解者に対する無意識の利他主義*(altruism)が旧分解者の内に働くことを意味する。もちろん A 点を越えてまでゆずるということはない。もしそうすれば,生態系はみずから縮小循環に陥ってしまうからである。したがって,システム全体に対して適者生存の原理が働くということは,結局それぞれの個体がシステム全体の最適化にみずから協力するという遺伝的動機がはめ込まれていることを意味している。したがって,個体はみずからが個体の属する種の*進化の過程で獲得してきた最適行動原理と,システムとして生態系全体の保存をはかるために活動する最適行動原理の二つを遺伝的に獲得しているということになる。*最大呼吸仮説にもとづく生態系構成は進化的安定性*をもっているということになるのである。

もとの分解者からみれば,みずからの最大限の拡張を犠牲にしても,自己の生存を可能にしているシステムとしての生態系の,より確かな存在を優先するということである。これは,生態系におけるマクロ目的*クロ目的}の優先性をあらわしている。これが進化的に実現されているということは,強い共進化が生物主体に働くことを意味する。生態系に対するマクロ的,全体論的アプローチ*は,*自然選択や進化も個についてミクロ的にみるのではなく,マクロ的,全体論的にとらえる必要性を喚起する。ジョルゲンセンは次のように述べている(注18)。

共進化*は,進化過程が還元論的に記述されえないことを意味する。システムの進化の全体論的描写が必要とされている。

本書第 1 章で与えたシステム進化の仮説は,このジョルゲンセンのいう「 システムの進化の全体論的描写」のカギとなるべき仮説である。そして,ここでの拡張された生産者−分解者の生態系モデルにおける分解者間の利他主義*的な生活態度およびそれがもたらす均衡の安定性も,システム進化の仮説*にもとづいてはじめて合理的説明が与えられるのである。

5 節 モデルの一般化と基本定理   (副目次へ

モデルを一般化し,生態系の呼吸廃熱効率に関する基本的な定理を以下で示そう。摂取−生産構造を,結合生産*の表現が可能で,かつ特定の要素が複数の主体によって生産されることを許すような線形モデルを用いてあらわそう。生物主体の数をn,要素の数をmとする。摂取行列をAであらわし,その第i行第j列の項aij は,第j主体の 1 単位の活動のために必要な第i要素の量である。生産行列はBであらわし,その第i行第j列の項 bij は,第j主体の 1 単位の活動による第i要素の生産量である。eは n 次元の行ベクトルであり,その第 j 項である ej は第 j 主体の 1 単位の活動に必要な利用可能な太陽エネルギーの摂取量をあらわす。したがって,動物や分解者の主体に関するこれらの項はゼロである。また,第i要素 1 単位に体化しているエネルギーをpiとし,これによる m 次元行ベクトルをpとする。また,第j主体の 1 単位の活動によって生産される呼吸廃熱量をrjとし,それによる n 次元行ベクトルをrとする。このとき,各構成主体に関するエネルギー保存式*は次のようなあらわされる。

e+pA=pB+r    (E25)

また,各構成主体の活動水準をあらわす n 次元列ベクトルをxとしよう。その第 j 要素 xj は第j主体の活動水準をあらわす。また利用可能な太陽エネルギーは先と同様にE(>0)であらわすことにしよう。また,外部との物質の交換をあらわす m 次元列ベクトルをzとしよう。その第i要素ziは生態系の純移入をあらわし,値が負である場合はその要素は生態系にとって純移出物質となっていることを意味する。このとき,物量的な生産と摂取の均衡を条件とした,最大呼吸問題は次のように定式化できる。\\ Max. rx \\ s.t.

ex≦ E    (E26)
(A-B)x≦ z    (E27)
x ≧ 0

この問題を原問題として,呼吸廃熱価値を与える双対問題*は次のようになる。\\ Min. s0E+sz \\ s.t.

s0e+sA ≧ sB+r    (E28)
s0,s ≧ 0

ここで,s0は,直接的な太陽エネルギーの呼吸廃熱価値であり,sはその第i要素siが,第i生産物の呼吸廃熱価値をあらわすm次元行ベクトルである。

以上で定義した最大呼吸問題を前提にして,エネルギーの呼吸廃熱効率に関する定理をここで示そう。そのために,はじめに基本的な仮定を掲げておく。

仮定 1 : 生態系は,太陽エネルギー以外の要素に関する外部との移出入に関わる環境 z が与えられたもとで持続可能である。すなわち,

(A-B)x ≦ z, x ≧ 0, \not= 0

を満たす,xが存在する。

仮定 2 : 生態系は,与えられた環境 z のもとで,何らかの主体が活動を行なっている場合に太陽エネルギーの摂取は不可欠である。すなわち,任意の x ≧ 0 \not= 0 かつ (A-B)x ≦ z について,ex>0 となる。

この二つの仮定が満たされるもとでは,原問題に実行可能な解が存在し,その解の集合は上に有界となっていることは明らかである。したがって,この双対問題も最適解をもち,二つの解の目的関数は双対定理により一致する。原問題の解ベクトルをx*,双対問題の解をs0*およびベクトルs*であらわすと双対定理によって最適解では,

s0*E+s*z=rx*    (E29)

が成立していることになる(注19)。

さらにこの生態系において,すべての生物体が呼吸を通してエネルギーを利用していることを前提とするので,次の仮定も掲げておこう。

仮定 3 : 生態系において,何らかの主体が正の活動を行なっている場合に呼吸廃熱の生産は不可避である。すなわち,任意の x ≧ 0 \not= 0 かつ (A-B)x ≦ z について,rx>0 となる。

以上の仮定は,生態系に関する一般性の強い仮定だが,ここで示そうとする定理は,一般的な生態系に関してのものではない。議論すべき生態系の特性を明らかにしておく。この生態系を, 自律的生態系*という概念で特徴づけておこう。

定義 : 次の三つの条件を満たす生態系を自律的生態系と定義する。

条件 1 : エネルギーを体化した要素を外部から摂取しない。すなわち,あるkについてzk>0ならば,pk=0である。

条件 2 : 移出は過剰生産の範囲内でしか行なわれない。すなわち,あるkについてzk<0ならば,Σ(j=1n)(akj-bkj)xj^{*}<zkである。

条件 3 : 生態系の規模は利用可能な太陽エネルギーによって規定されている。すなわち,ex*=Eである。

条件 1はエネルギーは外部からの直接的なもの以外に,たとえば他の生態系で生産されたような有機物の形としては供給されないことを示している。すなわち,もちろん,非エネルギー的な要素である窒素,リンなどの栄養塩類の形では存在してもよい。 条件 2は,人為的に育てられた生態系のように,強制的に搾取されることはなく,自然に発生した剰余が他に移出される可能性しか考慮しないことを意味している。 条件 3は外部から供給されるべき物質によって生態系の規模が決められているのではなく,太陽エネルギーの供給量が生態系の規模を決めていることをあらわしている。

以上の前提のもとで次の基本定理が証明される。

基本定理: 仮定 1から 仮定 3を満たす自律的生態系について,エネルギーを体化した生産物が体系内部の必要量に比べて過剰に生産されているならば,太陽エネルギーの呼吸廃熱価値は1よりも小さい。

証明 : (E25)に右からx*をかけると

ex*+p(A-B)x*=rx*

これに,(E29)および 条件 3を適用すると,

(1-s0*)E+p(A-B)x*=s*z    (E30)

ところで,エネルギーを体化した生産物が過剰になっているということは,あるiについて,

pi >0, Σ(j=1n)(aij-bij)xj*<0

となっていることである。したがって,(E27)およびp ≧ 0を考慮すると,p(A-B)x*<pzであるが, 条件 1によって,pz ≦ 0であるから,

p(A-B)x*<0    (E31)

となる。一方, 条件 2は,純移出が正の物質は最適解のもとで過剰生産されているので,双対定理*から導き出されるよく知られた性質によって,その物質の呼吸廃熱価値はゼロである。言い換えれば,あるkについてzk<0ならば,s*k=0である。したがって,s*z ≧ 0である。このことと(E31)は,(E30)において,s0*<1となっていなければならないことを示している。(証明終わり)

脚注

(1)このような主体と要素という概念の用い方は本書全体をとおして一貫している。後の章で登場する経済モデルの場合も,主体としての個体や個体群が個人や消費者,生産者などに変わるだけである。また,主体間の媒介物を要素と呼ぶ点も同じである。(もどる
(2)これはボールディングが{\bf 一様相互作用の公準}*と呼んでいるものである。ボールディング~ , p.156。(もどる
(3)Hannon~ 。(もどる
(4)Hannon~ , Finn~ , Hannon~ , Constanza~ , Herendeen~ , Constanza and Herendeen~ , Constanza and Hannon~ , Hannon~ など。(もどる
(5)Constanza and Neill~ 。(もどる
(6)Von Neumann~ , Morishima~ 。(もどる
(7)最大呼吸仮説のもとでの定常期と非定常期の関係は本書,p.\pageref{page:dynamic} 以下参照。(もどる
(8)本書全体をとおして不等号 $\leq$ は右辺が左辺に等しいかそれ以上であること,$\geq$ は右辺が左辺に等しいかそれ以下であることを示す。これらの不等号および <, > がベクトルに用いられた場合は対応する要素のそれぞれについてこの関係が成立していることを意味する。(もどる
(9)吉良~ 。(もどる
(10)双対問題については本書の付録参照。(もどる
(11)本章のモデルの一般化の節,あるいは次章でより詳しく展開される。(もどる
(12)双対解の意味については Dorfman, Samuelson, and Sollow~ 。(もどる
(13)これは線形計画の双対定理*から容易に示される。本書の付録参照。(もどる
(14)ニッチの概念については,次章で一般的な説明を与えている。p.\pageref{page:niche} 以下を参照。(もどる
(15)ガウゼ~ 。(もどる
(16)これは後により一般的なモデルで確かめる。分解者が自己を完全に分解することができない限り,すなわち,エネルギーを体化した分解不可能な廃棄物が存在する限り,エネルギーは完全に呼吸廃熱にはならないのである。(もどる
(17)二つの分解者が最適解でともに正の活動水準を有するので,双対定理*によって,双対解の対応する式は等号で成立しなければならない。本書の付録参照。(もどる
(18)Jo\llap/rgensen~ , p.49。(もどる
(19)双対定理をめぐる以上の点については本書の付録参照。(もどる



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