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第 4 章 生態系モデルのシミュレーション
  1 節 モデル生態系の構造
  2 節 最大呼吸問題の定式化
  3 節 最大呼吸解としての群集構成
  4 節 双対解と呼吸廃熱価値体系
  5 節 群集構成の最適性と現実性



第 4 章 生態系モデルのシミュレーション   (副目次へ

生態系のマクロ的組織原理を理解することは,経済と自然との調和的関係の樹立をめざす上で決定的に重要な意義をもっている。こうした原理に関する具体的仮説として,第 2 章では 最大呼吸仮説*を提示した。この仮説は生態系組織化のマクロ的な指標を群集総呼吸としてとらえ,これを増加させる方向に生態系は構造を自己組織化*するというものである。このような仮説の言明そのものは単純であるが,その内容を具体的に理解するためには,*群集総呼吸最大化という傾向がどのような生態系の構造を作り上げるかがみえてくる必要がある。すでに前章では生態系の最も単純なモデルと最も一般的なモデルを提示したが,抽象度の高いモデルであり仮説の特性を理解する程度にとどまっていた。本章では,生態学において,現実の生態系データをもとに推定された生態系の生物主体に関する摂取と生産の係数をもとに,構成主体をより具体的なものにした線形モデルを構成する。これによって,生態系の構造をより具体的にとらえることができるようになる。そして,このモデルに*最大呼吸仮説を適用し,生態系のさまざまなマクロ的な機能や太陽光,有機物,栄養塩に与えられる呼吸廃熱価値体系*,さらにそのなかで個々の個体群がどのように評価されるのかをコンピュータシミュレーション*によって示す。

1 節 モデル生態系の構造   (副目次へ

実際の生態系の全体的構造を定量的に推計したデータは少なく,そのなかでも線形モデルを構成できるようなデータを完備したものはさらに少ない。本章で用いるのは,そのうちの一つ,ヒールとマクリーンによる推計である。かれらはそれまでにえられた生態系と個体群に関するさまざまなデータをもとに,個々の個体群,あるいは一定の範囲での個体群のまとまりとしての生物主体が,摂取,排泄,生産,呼吸に関してどのような平均的エネルギー構成をとるかを推定した。そして,草地生態系*であることを前提に,生物主体間の構造を想定し,計算可能な生態系*を構成した(注1)。したがって,その生態系モデルは客観的な裏づけをもつものである。さらに,ヒールとマクリーンは,この生態系モデルをもとに計算した群集生産と群集総呼吸を,他のいくつかの実際の生態系の場合と比較分析した。この分析の結果として,モデルが十分に現実を近似できるものであることを示した。ただし,かれらのモデルは構造,すなわちどのような種がどれだけの規模で生態系に存在するかを事前に与えているのに対して,本章では,*最大呼吸仮説にもとづく構造が結果として与えられる生態系モデルを構成する。また,本章のモデルは,かれらのパラメータの設定を維持しながら,生態系内の栄養塩の循環構造を導入し,有機物の種類や生物主体の種類に関して大幅な拡張を行なっている。

ヒールとマクリーンのモデル(以下 H-Mモデルと略す)では,草地生態系を前提に,それまで与えられた多くのデータから生態系を構成する従属栄養者の摂取(=同化)と生産の係数が推計されている。それらの結果を表~T1 にまとめておいた。

植食肉食微生物食腐食
A/C P/A A/C P/A A/C P/A A/C P/A
微生物 --- --- --- --- --- --- --- 0.40
無脊椎動物 0.40 0.40 0.80 0.30 0.30 0.40 0.20 0.40
脊椎恒温動物 0.50 0.02 0.80 0.02 --- --- --- ---
脊椎変温動物 0.50 0.10 0.80 0.10 --- --- --- ---

表(T1) 摂取と生産の推計係数

表の A (Assimilation) は同化量をあらわし, C (Consumption) は摂取量, P (Production) は生産量をあらわす。それぞれが年間の単位面積あたりの熱量であらわされ,A/C および P/A はそれらの比で無名数となる。このパラメータから,各生物主体に関するさまざまな特徴をとらえることができる。たとえば,植食動物に比べて肉食動物のA/C がかなり高いが,これは肉食動物の排泄物量が少ないという意味ではかならずしもなく,肉食動物の排泄物に体化された熱量が相対的に低いことを意味している。また,恒温動物の P/A はかなり低いが,これは恒温動物が相対的に高い維持呼吸をしていることを意味している。これらの点は,以下の分析においても重要な意味をもってくる。また,微生物については,P/A のみ与えられているが,これを P/C と読み替えて用いることにする。

C - A は基本的に熱量単位で測った排泄量 E (Egestion) であり,A - P は呼吸廃熱 R (Respiration) であるから,表によって各生物主体のC, E, P, R の比が与えられる。これらはすべて熱量を単位としてあらわされているが,以下の分析においてこのことは不可欠なものではない。同じ物質が同じ単位で測られ,各物質の固定化された熱量が与えられれば,物量単位で議論したとしても,ほとんど同様の方法で以下の分析が可能になる。しかし,熱量であらわされていることは,生物主体の過程でエネルギーの漏出がない限り,エネルギー保存則*がつぎのように簡単にあらわすことができるので便利である。

C = E + P + R

以下では*線形性の仮定にもとづき,C : E : P : R の比は,生物主体の規模に依存せずに常に一定に与えられると想定しよう。

表~T1 では 9 種類の生物主体の熱量構成比*が与えられている。これらの生物主体の生態系のおける構成を H-Mモデルを拡張する形で設定する。ここでは,19 の生物主体と,太陽光,栄養塩,有機物,呼吸廃熱など 15 の要素によって生態系モデルを構成する。これらの主体と要素を表~T2にまとめておく。

主体要素
名前 名前
1 P 植物 1 S 太陽光
2 Ha 植食動物(恒温) 2 N 栄養塩
3 Hb 植食動物(変温) 3 Hu 腐植・難分解物
4 Hc 植食動物(無脊椎) 4 Pv 植物体(脊椎動物)
5 Cga 肉食動物(恒温,生食系) 5 Pi 植物体(無脊椎動物)
6 Cgb 肉食動物(変温,生食系) 6 Bpv 植食動物体(脊椎)
7 Cgc 肉食動物(無脊椎,生食系) 7 Bpi 植食動物体(無脊椎)
8 Mfc 微生物(肉食動物排泄物) 8 Bc 肉食動物体
9 Sfc 腐食動物(肉食動物排泄物) 9 Bs 腐食動物体
10 Mfo 微生物(一般排泄物) 10 Bm 微生物食動物体
11 Sfo 腐食動物(一般排泄物) 11 M 微生物体
12 Mp 微生物(植物遺体) 12 Fc 排泄物(肉食動物)
13 Sp 腐食動物(植物遺体) 13 Fo 排泄物(一般)
14 Ma 微生物(動物遺体) 14 Dp 植物遺体
15 Sa 腐食動物(動物遺体) 15 Da 動物遺体
16 Im 微生物食動物 R 呼吸廃熱
17 Csa 肉食動物(恒温,腐食系)
18 Csb 肉食動物(変温,腐食系)
19 Csc 肉食動物(無脊椎,腐食系)

表(T2) モデル生態系の主体と要素の分類

H-Mモデルとの比較では,ここでは栄養段階上,肉食動物を一段階に単純化している。H-Mモデルでは肉食者自身の捕食者(肉食者)が存在していたが,ここではそれを一つの段階にまとめている。H-Mモデルでは未分解有機物(DOM = Dead Organic Matter)**が一つにまとめられていたが,ここでは,排泄物二種類と,植物,動物遺体に分解し,それぞれを同化する主体として,微生物,無脊椎腐食動物を設定している。これは,ここでのモデルが栄養塩の循環を内部化しているために,各種体の栄養塩バランスを考えると,DOM*の栄養元素含有量の差異をある程度考慮せざるをえないからである。また,このモデルでは簡単化のために,栄養塩以外の物質的資源(たとえば水,二酸化炭素,酸素など)を考慮しないことにする。もちろん,それを考慮するように拡張することは困難ではない。

これらの主体間の相互関係は図~F1のようになる。



図(F1) モデル生態系の物質循環

図において,主体は円,いくつかの有機物プールは四角であらわしている。図の下段は植物 P に始まる生食系*をあらわし,上段はDOM*に始まる腐食系*をあらわしている。有機物に関して,生食系には循環的ループは存在しないが,腐食系においては循環ループが存在している。栄養塩は,すべての動物が多かれ少なかれ生産するとし,外部への漏出を除けば植物によって再吸収されるという形での循環を構成している。栄養塩を考慮すれば,生食系も腐食系も全体として物質循環の中に位置づくことになる。

図~F1に登場するすべての主体の有機物に関わる熱量構成は表~T1 に与えられているものと同一であるとしよう。すなわち,たとえば腐食動物は対象とするDOM*の種類に関わらず同じエネルギー構成をしていると考える。すなわち,C, E, P, R の比は同じである。あるいは,肉食動物は生食系にいようが腐食系にいようが同じ構成比をもっているとしている。また以下,各主体に関わるこの比をあらわす場合には,C を1としたものであらわすことにする。また,このモデルでは肉食動物の最終捕食者は存在しないので,最終的にその有機物は動物遺体プールにゆくことになるが,捕食者がいる動物の場合も,捕食されない分は動物遺体のプールに入り,腐食系によって処理されるとしている。

次に,各主体に関わる係数をより詳しくみていこう。精密な係数の構成は表~T3 と表~T4 に与えられている。

P Ha Hb Hc Cga Cgb Cgc Mfc Sfc
1 S 50.0 --- --- --- --- --- --- --- ---
2 N 0.6 --- --- --- --- --- --- --- ---
3 Hu --- --- --- --- --- --- --- --- ---
4 Pv --- 1.0 1.0 --- --- --- --- --- ---
5 Pi --- --- --- 1.0 --- --- --- --- ---
6 Bpv --- --- --- --- 0.8 0.7 --- --- ---
7 Bpi --- --- --- --- 0.2 0.3 1.0 --- ---
8 Bc --- --- --- --- --- --- --- --- ---
9 Bs --- --- --- --- --- --- --- --- ---
10 Bm --- --- --- --- --- --- --- --- ---
11 M --- --- --- --- --- --- --- --- ---
12 Fc --- --- --- --- --- --- --- 1.0 1.0
13 Fo --- --- --- --- --- --- --- --- ---
14 Dp --- --- --- --- --- --- --- --- ---
15 Da --- --- --- --- 1.0 1.0 1.0 --- ---

Mfo Sfo Mp Sp Ma Sa Im Csa Csb Csc
S --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
N --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Hu --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Pv --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Pi --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Bpv --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Bpi --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Bc --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Bs --- --- --- --- --- --- --- 0.5 0.6 0.7
Bm --- --- --- --- --- --- --- 0.5 0.4 0.3
M --- --- --- --- --- --- 1.0 --- --- ---
Fc --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Fo 1.0 1.0 --- --- --- --- --- --- --- ---
Dp --- --- 1.0 1.0 --- --- --- --- --- ---
Da --- --- --- --- 1.0 1.0 --- 1.0 1.0 1.0

表(T3) 摂取係数表*($A$ 行列)



P Ha Hb Hc Cga Cgb Cgc Mfc Sfc
1 S --- --- --- --- --- --- --- --- ---
2 N --- 0.06 0.03 0.01 0.200 0.10 0.05 2.400 1.800
3 Hu --- --- --- --- --- --- --- 0.008 0.016
4 Pv 0.150 --- --- --- --- --- --- --- ---
5 Pi 0.024 --- --- --- --- --- --- --- ---
6 Bpv --- 0.01 0.05 --- --- --- --- --- ---
7 Bpi --- --- --- 0.16 --- --- --- --- ---
8 Bc --- --- --- --- 0.016 0.08 0.24 --- ---
9 Bs --- --- --- --- --- --- --- --- 0.080
10 Bm --- --- --- --- --- --- --- --- ---
11 M --- --- --- --- --- --- --- 0.392 ---
12 Fc --- --- --- --- 0.200 0.20 0.20 --- ---
13 Fo --- 0.50 0.50 0.60 --- --- --- --- 0.784
14 Dp 0.426 --- --- --- --- --- --- --- ---
15 Da --- 0.01 0.05 0.16 0.016 0.08 0.24 --- 0.080
R 0.4 0.49 0.45 0.24 0.784 0.72 0.56 0.6 0.120

Mfo Sfo Mp Sp Ma Sa Im Csa Csb Csc
S --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
N 0.800 0.400 0.30 0.10 0.400 0.200 0.10 0.200 0.10 0.05
Hu 0.016 0.032 0.04 0.08 0.032 0.064 --- --- --- ---
Pv --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Pi --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Bpv --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Bpi --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Bc --- --- --- --- --- --- --- 0.016 0.08 0.24
Bs --- 0.080 --- 0.08 --- 0.080 --- --- --- ---
Bm --- --- --- --- --- --- 0.12 --- --- ---
M 0.384 --- 0.36 --- 0.368 --- --- --- --- ---
Fc --- --- --- --- --- --- --- 0.200 0.20 0.20
Fo --- 0.768 --- 0.72 --- 0.736 0.70 --- --- ---
Dp --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
Da --- 0.080 --- 0.08 --- 0.080 0.12 0.016 0.08 0.24
R 0.6 0.120 0.6 0.12 0.6 0.120 0.18 0.784 0.72 0.56

表(T4) 生産係数表*($B$ 行列:最下行を除く)

表~T3 の各行は最上段の欄に与えられている生物主体(記号は表~T2 に対応している)の外部要素の摂取量の構成比をあらわしている。これに対して,表~T4 は各列が各主体の生産している要素量の構成比をあらわしている。各行と各列は二つの表で基本的に同じ順序で並んでいるが,生産表の方は最下段に各主体の呼吸廃熱生産の係数が与えられている点が異なっている。表~T3 の係数表を一つの行列とみたときに,この行列を A という記号であらわす。同じく,表~T4 の最下段の呼吸廃熱の行を除く部分を一つの行列とみたときこれを B という記号であらわすことにする。

これらの表の中で排泄物を含めた有機物,呼吸廃熱量はすべて年間,面積当たりの熱量で測られ,熱量はすべて同一の量を1単位として測られているとする。ここでのモデルは完全に線形モデルであるので,具体的に1単位がどれだけのkcalであるかを決めておく必要はない。また,栄養塩は,無機化された植物に吸収可能な窒素化合物の塩類を想定するが,同じく線形モデルであるために,1単位の量を確定する必要はない。共通の単位で測られていることのみが必要であり,その意味であらわれる数字の間の比の整合性だけが問題なのである。

表の見方についてさらに説明を加えよう。二つの表をそれぞれ説明するのではなく,それぞれを同時に対象にして説明する。二つの表は2段に分かれ下段は本来上段の右側に接続すべきものである。縦の各列は,最上段に書かれた主体の摂取と生産の量的構成をあらわしている。横の各行は,最も左に書かれている要素が各主体によって摂取されたり生産されたりしている量をあらわす。たとえば,表~T4 の P の列と Dpの 行との交点にある,0.426 という値は,植物が生産した植物遺体の量である。あるいは,表~T3 の Cgb の列と Bpv の行との交点にある 0.7 という値は,脊椎変温肉食動物による脊椎植食動物体の摂取量をあらわしている。

次に,各主体ごとの摂取係数,生産係数についてみてみよう。まず植物は,太陽光と栄養塩を摂取し植物体を生産する。太陽光の固定化効率は,2\% である想定する。したがって,1単位の熱量を固定化するためには50単位の太陽光が必要になる。植物の1単位の総生産のうち,40\%が呼吸廃熱として摂取され,*純生産は0.6単位となる(注2)。植物は,1単位の純生産のために1単位の栄養塩が必要となると設定する。これは,植物純生産物1単位に含まれる栄養塩量を栄養塩1単位と定めることを意味している(注3)。*純生産のうち植物が植食脊椎動物と,植食無脊椎動物に食べられる部分は違ったものであると考え,その割合はH-Mモデルが採用しているものと同じで,25 : 4 であるとしよう。また,植物遺体としてDOM*に加わる割合もH-Mモデルと同じとする。したがって,*粗生産1単位に対するこれらの量は,表~T4 の P 列にあるように,0.15, 0.024, 0.426となる。

また,以下,植物の1単位の活動水準は,粗生産1単位で測ることにする(注4)。表~\ref{tab-4-3} の P の列の値も植物の 1 単位の活動水準あたりのものである。まとめると,植物は 50 単位の太陽光エネルギーと 0.6 単位の栄養塩から,粗生産 1単位行ない,それは脊椎動物に摂食される植物体 0.15 単位,無脊椎動物に摂食される 0.024 単位と植物遺体プールに流れる 0.426 単位,呼吸廃熱 0.4 単位に変換されるのである。したがって,純生産は 0.6 単位であり,栄養塩の単位数に一致している。

次に従属栄養生物について述べよう。以下全体として,動物,微生物の1単位の活動水準は摂取総量の1単位によってあらわすことにする。また,各主体の栄養塩,動物遺体に関する部分はあとでまとめて記述することにする。

まず,植食動物である。1単位の摂取に対する排泄,生物体の生産,呼吸廃熱の構成比は表~T1 から与えられるものとまったく同一で新たに説明すべき事柄はない。生食系の肉食動物では植食動物の摂取構成が問題になる。H-Mモデルでは,無脊椎肉食動物は無脊椎植食動物のみを捕食することになっているが,脊椎肉食動物は脊椎植食動物と無脊椎植食動物をともに捕食する構造になっている。H-Mモデルでは,各主体についてあらかじめ被食者の*純生産に対する捕食者の摂取水準が与えられているために,植物の純生産*量から順次摂取量が与えられる構造になっている。そして,その結果として脊椎肉食動物が植食動物を捕食する構成が与えられる。ここでは,捕食者の摂取水準をあらかじめ与えない。そこで,H-Mモデルにおいて結果として与えられている植食動物の捕食構成だけをそのまま採用することにする。すなわち,肉食動物はおよそ 0.8 : 0.2 の比で,脊椎植食動物体と無脊椎植食動物体を捕食するが,脊椎恒温肉食動物は,この構成比で植食動物を捕食するとし,脊椎変温肉食動物は,やや無脊椎植食動物の構成比を高くした 0.7 : 0.3 の比で捕食すると設定しよう。本来肉食者はこの構成比をある程度,柔軟に変化させているはずだが,この線形モデルにそれを取り入れるためには,構成比を異にしたいくつかの主体をさらに加えなければならず,モデルの複雑化が避けられない(注5)。さしあたって,単純な方法を選択する。

次に,DOM*を栄養源とする分解者の微生物と腐食無脊椎動物であるが,8主体のどれも,生産物,排泄物に体化された熱量の一部を腐植・難分解物に割り振る点を除けば熱量構成は表~T1 に与えられているものそのままである。腐植・難分解物に関わる係数について一定の説明を加える。ここで腐植*は,生物的に生産された有機物が分解の最終段階で,分解がより困難な物質となったものを指す。長い時間的な視野でみればこれらもいずれ分解されると考えられる。しかし生態系における分解過程は生産に比して遅れる傾向があるという事実を反映させるために,腐植・難分解物を一つの要素としてとりあげておく必要がある。

腐植・難分解物は分解者の活動の副産物としてのみ発生し一定の熱量も体化していると想定する。腐食動物の場合は,その排泄物の体化熱量の一定の割合が腐植・難分解物になるとし微生物の場合は生物体の一定の割合が腐植・難分解物となるとしよう。その割合としては,肉食動物排泄物を栄養源とする分解者が2\%,一般の排泄物を栄養源とする分解者は4\%,動物遺体の分解者は8\%,植物遺体の分解者は10\%と想定する。たとえば,動物遺体の微生物の場合,1単位の動物遺体の摂取量に対して,表~T1 では0.4単位の生物体が生産されるようになっているが,その8\%である0.032が腐植の生産,0.386が生物体の生産となるように変更する。動物遺体の腐食動物の場合は,排泄物0.8の生産を,腐植0.064および排泄物0.736の生産に振り分ける。

微生物食無脊椎動物は表~T1 で与えられる熱量構成以外の係数を与えていない。

腐食系の肉食動物についても,生食系のそれと同様の捕食の構成比という問題が生ずる。すなわち,肉食動物がどのような構成比で腐食無脊椎動物と微生物食無脊椎動物を捕食するかという問題である。ここでも,生食系の場合と同様に,基本的にH-Mモデルが結果的に示しているものに近い,0.5 : 0.5 という構成比を基本にしよう。まず,恒温脊椎肉食動物がこの構成比で捕食し,腐食無脊椎動物動物と微生物食動物は 0.5 : 0.5 の比で捕食される。また,変温脊椎肉食動物の場合はこの比が 0.6 : 0.4,無脊椎肉食動物の場合は0.7 : 0.3 と前者の割合が高くなる形でそれぞれを捕食すると想定しよう。他の熱量構成は,表~T1 で与えられているものと同様である。

次に,このモデルにおける栄養塩の循環について検討しよう。栄養塩をたとえば窒素元素でとらえている場合,物質は生成も消滅もしないので,すべての主体について栄養塩に関する収支はバランスしていなければならない。このモデルは,熱量についてはすべての主体について完全にバランスしている。同じように,栄養塩についてもこのような収支バランスの成立を各主体について明確にするためには次のようにしなければならない。すなわち,モデルに登場しているすべての有機物について体化熱量当たりの栄養元素含有量を明確にし,有機物摂取を栄養塩で測ったものから排泄物量に含有している栄養塩量を差し引いたものがその主体の生産物に含まれる栄養塩量となる。たとえばいま仮に,すべての登場する有機物が,単位熱量当たり1単位の栄養塩を含んでいると仮定すると,各主体の栄養塩生産量は呼吸廃熱の生産単位にまったく一致する。しかしこのようなことは実際には起こりえない。一般に植物生体の熱量当たりの栄養元素含有量は小さく,肉食動物体や微生物体の栄養元素含有量は高い。また,排泄物は体化熱量が低いために,単位熱量当たりの栄養元素含有量は高くならざるをえない。

しかし,このように有機物単位当たりの栄養元素含有量と,各主体の物質バランスから栄養塩生産量を与えることはこのモデルの場合困難である。その理由は次の二点である。(1)現実には多様な有機物を,集計した分類で扱っているために個々の主体のバランスと両立しない。たとえば,植物体の栄養元素含有量は熱量当たりでかなり低い。したがって,植食動物の排泄物もまた栄養元素含有量が低い。一方,微生物体の栄養元素含有量は非常に高いといわれ,それを捕食する動物の排泄物における含有量も高いと考えられる。このように排泄物だけをみても大きくばらついているが,それらを有機物の種類として一つ一つ区別して扱うことはモデルを極端に複雑にしてしまう。実際,このモデルにあらわれる有機物の栄養元素含有量を想定して,各主体の整合的な栄養塩排出量を調べたが,現実性の高い分布はえられなかった。(2)現実には,窒素固定菌*の活動や,脱窒菌*の活動が無視しがたい。しかし,このような活動をモデルでは明確に位置づけていないために,現実の平均として出された,各主体のエネルギー構成と整合的な有機物の栄養元素含有量を設定できない。

したがって,各主体の栄養塩生産量は現実的と思われる範囲で推定して設定せざるをえない。推定の差異に考慮した規準は次のようなものである。(1)栄養塩の主要な生産は分解者(微生物,腐食動物)によって行なわれる。(2)腐食動物に比して微生物の方が摂取量当たりの栄養塩生産量は高い。(3)肉食動物の排泄物を処理する分解者の栄養塩生産効率が高く,ついで一般の排泄物の分解者,動物遺体の分解者,植物遺体の分解者の順で効率は低下する。(4)植食動物に比べて肉食動物は高い。(5)植食動物,肉食動物の中では,呼吸廃熱の生産効率の高さが栄養塩の生産効率の高さにもある程度反映する。これらの規準のもとに各主体の栄養塩生産係数が設定された。

最後に動物遺体に関わる各主体の係数を検討しよう。このモデルにおいて,動物遺体はどの主体から供給されたものでも同一の要素として扱い区別していない。このことを前提にそれぞれの動物遺体がどのように処理されているかをみておこう。まず,肉食動物は直接の捕食者がいないために生産された動物体は不可避的に動物遺体となる。したがって,肉食動物については生産の係数がそのまま動物遺体の生産係数となっている。たとえば,生食系の恒温脊椎動物(表~T4 の Cga の列)に注目しよう。この主体は,1単位の摂取に対して0.016単位の肉食動物体(Bc)を形成する。そして,それは同時に動物遺体(Da)の生産もあらわしている。肉食動物以外の動物については,肉食動物に捕食されなかった場合にのみ動物遺体となる。したがって,動物遺体の分解者に供給される動物遺体はすべての動物体の生産量から肉食者によって捕食された分を差し引いたものとなる。

このことをモデル上に整合的にあらわすためには,たとえば生食系の恒温脊椎肉食動物の場合は,1単位の生きた動物体を摂取しているので,ネットで,0.984単位の動物遺体を摂取していると扱う。すなわち,たとえば主体 Cga について,表~T3 の Da の欄の 1 (植食動物体の摂取をあらわす)から,表~T4 の Da の欄の 0.016 (肉食動物体の生産をあらわす)を差し引いたのが 0.984 (動物遺体の純摂取*)となるわけである。肉食ではない動物の場合,動物遺体の生産量はそれぞれの動物体の生産量に一致させておく。すなわち,表~T3 の Da の欄はゼロで,表~T4 の同じ欄は動物遺体の生産量そのままになっている。重要な点は,こうすることによって各主体の活動水準が全体として与えられたときに,動物遺体の純供給量が与えられることである。ただし,動物遺体の分解者は,それらの純供給量からみずからの摂取分を取り出す点を忘れてはならない。このような動物遺体の取扱いはやや複雑だが,後に問題を定式化する際にもう一度この点に立ち返る。

2 節 最大呼吸問題の定式化   (副目次へ

表~T3 にあらわされた行列 A の第i行,第j列の要素を aij, (i=1,2,......,15; j=1,2,......,19) とするとこれは第j番目の主体が1単位の活動水準の結果として摂取した第i番目の要素量をあらわす。また,最後の行を除く表~T4 にあらわされた行列 B の第i行,第j列の要素を bij, (i=1,2,......,15; j=1,2,......,19) とするとこれは第j番目の主体が1単位の活動水準の結果生産した第i番目の要素量をあらわしている(注6)。

いま,この二つの行列 A および B から次のような,新しい行列 C を定義しよう。

C = A - B

すなわち,C は各主体の摂取係数から生産係数を引いたものである。したがって,表~T3 に 表~T4 の値に負号を付けたものを加えた表をつくったと考えればよい。この新しい行列 C の第i行,第j列要素をcij, (i=1,2,......,15; j=1,2,......,19)とあらわすと,これは第j番目の主体が1単位の活動の水準の結果としてネットで摂取した第i番目の要素量をあらわすことになる。すなわち,cij = aij-bij である。したがって,主体が摂取している量をあらわす係数は正であらわされ,生産している要素量の係数は負となる。もしある主体が,ある要素を摂取しかつ生産している場合は,前者から後者を差し引いた係数である。また,第j主体の活動水準をxj, (j=1,2,......,19)であらわし,同じくその主体の1単位の活動に対する呼吸廃熱生産量をrj, (j=1,2,......,19)であらわすとしよう。また,外部から取り入れられる第i要素の量をdiであらわそう。d1は外部から供給される太陽エネルギーの量であり,d2は栄養塩供給量である。d1は正でなければならないが,他のdiについてはかならずしも厳密に正でなければならないというものではない。di が負であることは,この物質の生態系外への移出をあらわしている。

このとき,最大呼吸問題は次のように簡単に定式化される。

Max. \Re = Σ(j=119)rjxj

s.t.

Σ(j=119)cijxj ≦ di i=1,2,......,15   (E1)
xj ≧ 0, j=1,2,......,19   (E2)

目的関数である\Reは,各主体の活動水準の構成がxj, (j=1,2,......,19)である場合の*群集総呼吸をあらわしている。(E1) の第iに関する式は,左辺が第i要素の群集全体の純摂取量であり,右辺はその要素の外部からの供給量である。純摂取量は外部からの供給量を超えることができないという制約条件をあらわしている。式(E2)は各主体の活動水準に関わる非負条件である。

この定式化を前提に,前節最後で述べた動物遺体に関する説明を加えておこう。いま,ある活動水準の構成xj, (j=1,2,......,19)が与えられると,肉食動物に捕食されなかった動物体の過剰生産量,すなわち動物遺体の供給量は次のようにあらわされる。

-Σ(i=610)(Σ(j=119)cijxj)

ここで,植物や微生物の主体に関わるところはcij=0となっていることに注意しよう。この式は次のように書き換えられる。

-Σ(j=119)(Σ(i=610)cij)xj

したがって,動物遺体の分解者を除く第j主体の動物遺体の係数をΣ(i=610)cijとしておけば,全主体による動物遺体の純摂取量が,とらえられることがわかる。したがって,動物遺体分解者を除く主体については,

c15,j=Σ(i=610)cij

であり,動物遺体の分解者(Ma, Sa)については,動物遺体を1単位取り入れるので,

c15,j=Σ(i=610)cij+1

となる。もちろん動物遺体分解の微生物(Ma)は,みずから動物体を生み出すことはないので,右辺第1項はゼロであり,係数はただの1となる。

次にこの問題の双対問題を定式化しよう。いま,第i要素に関わる*呼吸廃熱価値をpi, (i=1,2,......,15)とする。このpiは,熱量単位である。すなわち,第i要素が何単位の熱量に値するかを示している。これは同じ熱量であってもこれまで用いている有機物や太陽光が体化している熱量とは独立である。したがって,前章でも例示したように,熱量を体化していない栄養塩についても呼吸廃熱価値が正となる可能性は存在する。双対問題*は次のようになる。

Min. Σ(i=115)pidi

s.t.

Σ(i=115)picij ≧ rj j=1,2,......,19   (E3)
pi ≧ 0, i=1,2,......,15   (E4)

目的関数は,外部から流入している要素の呼吸廃熱総価値を最小にすることである。双対定理*によって,この最小値と原問題の最大総呼吸量とは一致する(注7)。式(E3)は,各主体に関して,生産した要素の呼吸廃熱総価値が摂取した要素の呼吸廃熱総価値を超えることができないことを意味している。つまり,呼吸廃熱価値に関しての保存原則である。双対定理から導き出される理論的結論として,最小解において摂取総価値を保存できない,つまりその主体に関する価値保存式が厳密な不等号で成立してしまう主体は原問題において正の活動水準を確保することができない。すなわち,その主体は群集呼吸最大化に貢献できないことを意味する。式(E4)は,*呼吸廃熱価値についての非負条件である。

この,双対問題*を定式化することは重要な意味をもっている。その点を理解するためには,この双対問題によって与えられる各要素の呼吸廃熱価値が意味することを明確に把握していなければならない。つまり,双対問題の解として与えられるpiは,第i要素の供給が1単位増加することによって*群集総呼吸の増加する量をあらわしている(注8)。したがって,その要素がこの生態系の中でどれだけ希少であるかの度合いを示したものなのである。上で述べたように,*呼吸廃熱価値で測って,摂取要素総価値より生産要素総価値が少ない主体が*群集総呼吸の最大化に貢献できていないことは,このことからも類推できるであろう。*最大呼吸仮説による生態系分析においては,この双対解に特に注目する必要がある。

3 節 最大呼吸解としての群集構成   (副目次へ

問題を解くためには,最後に,外部からの流入量di, (i=1,2,......,15)を与えなければならない。これは生態系の全体としての規模を規定するものであるが,ここでは以下のように設定しよう。太陽光以外については,簡単化のために流入量と流出量のバランスがとれているとする。すなわち,di=0, i=2,......,15である。重要なのは栄養塩に関するもので,d2=0は,その流入量と流出量がバランスしていることを意味している。窒素の場合,非生物的な窒素の流入のほかに,窒素固定菌*などの働きによる大気中の窒素の生物的固定による流入もありうる。一方,脱窒菌*による非活性の窒素ガス化,さまざまな非生物的な流出もあるが,ここでは全体としてそれらがバランスしていると仮定する。これは前章の生態系の基本モデルの仮定と同じである。この仮定によるモデルの制約はほとんど無視できる程度のものである。バランスが崩れて流入と流出のどちらかが大きくなった場合の総呼吸廃熱生産への影響は,双対解によってとらえられるからである。

太陽エネルギーの供給d1は,8333.333 単位であるとする。一見奇妙な数字だが,これは,この太陽エネルギーを与えられた効率(2\%)ですべて固定化した場合の植物の*純生産量が100単位となるように与えたものである。

以上の前提のもとに解いた総呼吸廃熱の最大化問題の解では,総呼吸廃熱量が158.3951となった。この解を与える各主体の活動水準およびそのもとでの生産量などの構成は表~T5 にまとめられる。

No. 主体 活動水準 生産 排泄 腐植 栄養塩 呼吸廃熱
1 P 166.6667 100.0000 --- --- --- 66.6667
2 Ha --- --- --- --- --- ---
3 Hb 25.0000 1.2500 12.5000 --- 0.7500 11.2500
4 Hc 4.0000 0.6400 2.4000 --- 0.0400 0.9600
5 Cga 1.5625 0.0250 0.3125 --- 0.3125 1.2250
6 Cgb --- --- --- --- --- ---
7 Cgc 0.3275 0.0786 0.0655 --- 0.0164 0.1834
8 Mfc 2.8820 1.1297 --- 0.0231 6.9168 1.7292
9 Sfc --- --- --- --- --- ---
10 Mfo 83.8608 32.2025 --- 1.3418 67.0886 50.3165
11 Sfo 32.6663 2.6133 --- 1.0453 13.0665 3.9200
12 Mp --- --- --- --- --- ---
13 Sp 71.0000 5.6800 51.1200 5.6800 7.1000 8.5200
14 Ma --- --- --- --- --- ---
15 Sa 2.8353 0.2268 2.0868 0.1815 0.5671 0.3402
16 Im 33.3323 3.9999 23.3326 --- 3.3332 5.9998
17 Csa 1.2194 0.0195 0.2439 --- 0.2439 0.9560
18 Csb --- --- --- --- --- ---
19 Csc 11.3006 2.7122 2.2601 --- 0.5650 6.3284

表(T5) 最大呼吸解の群集構成等

ここで,活動水準は植物においては総生産量,その他の主体については摂取量をあらわしている。この解において,最も注目されることの一つは,脊椎恒温植食動物,脊椎変温肉食動物(生食系),腐食動物(肉食動物排泄物),微生物(植物遺体),微生物(動物遺体),脊椎変温肉食動物(腐食系)の6主体が,最適解において正の活動水準が与えられなかったことである。すなわち,これらの主体の活動は*群集総呼吸の増加に貢献しないと烙印を押されたことになる。これは重大な結果であるが,この意味するところは双対解の検討の後により深く分析する。

結果の特徴をとらえておこう。まず,植物の*純生産は100単位になっている。これは,予定していたところであり,植物は太陽光を与えられた効率のもとで最大限利用していることを意味している。このとき植物の呼吸廃熱生産量は66.6667単位である。したがって,従属栄養者たちが植物の*純生産を完全に呼吸廃熱化すれば*群集総呼吸は166.6667単位であるが,実際の最大呼吸解は158.3951単位であり,この差8.2716は生態系の中に分解できず残ったままになっているはずである。そこで,腐植・難分解物の生産をみると8.2717であり,ちょうど一致している(注9)。すなわち,この最大呼吸解において未分解物は腐植・難分解物においてしか発生していないのである。

ただし,この結果においては群集構成が腐植以外の有機物の未分解物を発生させないように調整されているために,たまたま腐植だけが未分解物となっているのである。一般には他の有機物が未分解物としてのこり,それによって植物によって固定化された太陽エネルギーが完全に利用されない場合が生じる。

植物を除く主体の生産は,生食系において1.9936,腐食系において48.5839,計50.5775である。腐食系が二次的生産の96.06\%を占めている。栄養塩は計100単位生産されている。これは,ここでは植物の*純生産1単位に栄養塩が1単位必要とされているから,植物の*純生産が100単位であることに対応している。栄養塩は腐食系において98.88\%生産されている。植物を除く総呼吸廃熱は91.7285単位で,生食系が14.85\%である。腐食系のうち肉食動物を除く呼吸が70.8257単位を占め,これは土壌呼吸に対応するものであろう。これらのことは,この生態系モデルにおいては腐食系が90\%以上の高い比重を占めていることを意味している。

個別主体では,一般排泄物の分解者,中でも微生物分解者の比重が圧倒的に高い。一般排泄物の微生物分解者は,植物を除いて,群集全生産の63.67\%,栄養塩生産の67.09\%,呼吸廃熱の54.85\%を占めている。このことは,排泄物が物質循環にはたしている役割が著しく高いことを示している。そこで,排泄物の生産をより詳しく検討しよう。排泄物の分解動物はみずからの排泄物の生産があるがここではゼロとして掲げていない。排泄物の主要な生産主体は,植物遺体を栄養源とする無脊椎動物であり,次いで微生物食動物,植食動物となっている。微生物食動物の排泄物水準の高さは,一般排泄物食微生物の活動水準の高さを反映したものである。したがって,排泄物の一次的な供給源は植物,植物遺体を捕食する動物によるものである。これらの動物の排泄物量は66.02単位である。すなわち,植物の*純生産100単位のうち,これらの一次的な捕食者によって66.02\%排泄物化される。この割合が,ちょうど排泄物食微生物の生態系の比重に対応しているのである。

この生態系における最も高次の摂取者としての肉食動物の比重はきわめて低い。肉食動物の生産の合計は2.8353単位で,植物を除く全生産の5.61\%にすぎない。しかも,肉食動物の全生産の95.66\%が腐食系の無脊椎肉食動物である。

以上の点を,カナダの mixed prairie 草原に関する推定例と比較してみよう。これを表~T6 にまとめている(注10)。

脊椎動物 0.04
   哺乳類 0.01
   鳥類 0.03
   その他 ?
地上無脊椎動物 2.64
地上動物計 2.68
   線虫 30.36
   節足動物 5.95
   環形動物 7.35
   原生動物 0.69
土壌動物計 44.35
   酵母 0.07
   菌類 1770.6
   細菌 463.8
土壌微生物計 2234.5

表(T6) カナダの mixed prairie 草原に関する推定例: 乾燥重量ストックkg/ha

まず,表中の数字は生物現存量で測られた推定値であり,また乾燥重量単位である。生物体の乾燥重量当たりの熱量に著しい差はないと考えられ,また生物ストック構成比は生産量構成比を反映すると考えると,ここでの結果との比較も可能である。主体の分類としては,表~T6の土壌動物は,ここでのモデルの腐食無脊椎動物と,肉食無脊椎動物の一部を含むものである。腐食系の肉食動物の比重は著しく低いので土壌動物と土壌微生物全体が,ここでのモデルの腐食系に対応すると考えてよい。表~T6の推計とわれわれのモデルの結果との特徴的な差異は,この推計の場合,腐食系,とくに土壌微生物の比重が著しく高いことである。推計においては,地上動物は0.2\%にも満たない比重しか有していない。H-Mモデルの場合でも,生食系の比重は,1.6\%もっていた。したがって,推計が行なわれた草地生態系とここでののモデルとの間には,構造的な違いがあることが予想される。

われわれの結果の中で,全体として腐食系の比重が生態系の中で高いのは,前章の志賀山生態系や水俣生態系の測定例などにも対応している。主要に,主体の摂取と生産の構成と最大呼吸仮説によって導出した結果が,このように現実と密接な関係をもつものになったことの意味は大きい。

4 節 双対解と呼吸廃熱価値体系   (副目次へ

次に双対解の特徴をとらえておこう。双対問題の目的関数は,太陽光の呼吸廃熱総価値であり,その最小値は原問題の最大値と同じ158.3951となった。これは,これは双対定理が明らかにしているとおりである。

*呼吸廃熱価値体系,および各主体の摂取価値と生産物価値の差を表~T7 にまとめた。

価値損失呼吸廃熱価値
No. 記号 No. 記号
1 P --- 1 S 0.01901
2 Ha 0.000034 2 N 0.14989
3 Hb --- 3 Hu ---
4 Hc --- 4 Pv 1.08888
5 Cga --- 5 Pi 1.11363
6 Cgb 0.008923 6 Bpv 0.02284
7 Cgc --- 7 Bpi 0.02005
8 Mfc --- 8 Bc ---
9 Sfc 0.020573 9 Bs 0.01671
10 Mfo --- 10 Bm 0.02785
11 Sfo --- 11 M 1.13938
12 Mp 0.001766 12 Fc 1.40636
13 Sp --- 13 Fo 1.15743
14 Ma 0.011170 14 Dp 1.05691
15 Sa --- 15 Da 1.09042
16 Im ---
17 Csa ---
18 Csb 0.008087
19 Csc ---

表(T7) 双対解における呼吸廃熱価値と主体の価値損失

右側の列の呼吸廃熱価値から検討しよう。腐植 Huと肉食動物体 Bc の廃熱価値がゼロになっているのは,生態系内で過剰生産されているためであるが,両者の意味するところは異なる。腐植の場合は,それを分解する主体が少なくともこのモデルの中では存在しないという意味で完全な過剰生産である。一方,肉食動物体の場合は,捕食者がいないという意味であって,それは結局動物遺体として分解過程にはいる。腐植の場合は,そこに呼吸廃熱とならないエネルギーが体化されているという点で生態系のマクロ的な損失であるが,肉食動物体の場合は,最終的な分解が可能であるという点で,かならずしもそうはならない。この解のもとにおいては,動物遺体は,完全に利用されている(過剰生産ではない)ので,肉食動物体も動物遺体としては最終的に利用されつくしている。

価値を個別にみていこう。太陽光の廃熱価値は追加的に1単位の太陽光が植物に利用可能な形で入射することによって*群集総呼吸が0.019単位増加することを意味している。植物の太陽光の固定化効率を2\%としていることを考えると,完全に呼吸廃熱になるならば0.02単位にならなければならない。したがって,両者の差は植物による固定化エネルギーが完全に利用されない比率を意味している。

栄養塩の廃熱価値が正の値をもっていることは,この生態系において栄養塩が希少性を有している,あるいは生態系のマクロ的な制限要因になっていること意味している。栄養塩の*呼吸廃熱価値は,もし外部から栄養塩が追加的に1単位流入すれば*群集総呼吸が0.15単位増加することを意味している。逆にもし流出量がそれだけ増加すれば*群集総呼吸は0.15単位減少することを意味している。栄養塩は量的には必要量が完全な内部物質循環の中で確保可能でありながら,しかも希少になっている。興味深いのは,外部的な制約条件をあらわす太陽光と栄養塩がともに希少になっていることである。ここでのモデルは線形モデル*であり,主体間の相互関係が柔軟に代替しないにもかかわらず,二つの外部制約要因がともに生態系規模の制約要因となっていることは,興味深い結果である。

栄養塩以外の呼吸廃熱価値はすべて1単位熱量を体化している物質当たりの, *呼吸廃熱価値であるから,価値相互の比較が意味をもっている。この中で最も呼吸廃熱価値の高いのは,肉食動物排泄物である。この理由は,肉食動物排泄物はその分解者によって分解される際に最も高い効率で栄養塩を生産するためであると考えられる。平均して,排泄物の呼吸廃熱価値が最も高く,次いで植物体と動・植物遺体が高く,動物体はそれらの5\%以下の価値しか持っていない。呼吸廃熱価値においても,相対的に腐食系に関わるものの比重が高くなっている。

次に,各主体の価値的な収支について検討しよう。表~T7 の左の列には,摂取要素の総価値を,生産した諸要素の総価値として保存できず,価値的な損失をきたいしている主体の損失量だけを掲げている。それ以外の主体は摂取総価値と生産総価値が完全に一致している。双対定理から,このような価値保存ができていない主体は呼吸廃熱最大化の原問題において正の活動水準を実現できない。つまり,この生態系における存在基盤を失っている。ところで,価値的な損失量は主体間で容易に比較可能な量である。というのは,植物を除いてすべての主体の活動水準を,1単位のエネルギーを体化した有機物の摂取量で測っているからである。そして,ここに掲げた損失量は 1 単位の活動水準当たりの損失量である。したがって,この損失量は損失率をあらわしている。すなわち,1単位のエネルギー体化物を摂取した場合の損失*呼吸廃熱価値をあらわしている。

この観点からみると,最も損失率の高いのは肉食動物の排泄物に対する腐食動物であり,逆に最も損失率が低いのは脊椎恒温植食動物である。そして,この損失率の小さいものは,生物体の活動に関わるエネルギー構成がわずかにかわるだけで,群集呼吸量の増大に貢献できる可能性のあることを示している。このエネルギー構成が変わるというのは,現実の生態系を前提にすれば,多様な意味がありえる。たとえば,次のようなことも高い可能性をもつだろう。現実の生態系においては脊椎恒温動物も多様な種の個体群からなり,それらはもちろんわずかではあっても摂取と生産に関わるエネルギー構成に差があるだろう。したがって,脊椎恒温動物の中での優占種*が代替することによって,生態系の中でのより確実な位置を確保することが可能になる。他に,栄養源としての摂取要素を変化させることも十分考えられる。あるいは,生物種が長い時間をかけて,その遺伝的な生理的構造を変化させる可能性も,もちろん存在する。

ここで,エネルギー構成の変化がモデルの中での位置を変化させることを,脊椎植食恒温動物の場合で検討してみよう。この動物の要素摂取と生産の構成を再掲すると表~T8 のようになる。

栄養塩 植物体 脊椎恒温 一般 動物 呼吸
植食動物体 排泄物 遺体 廃熱
構成 -0.06 1.00 -0.01 -0.50 -0.01 -0.49
価値 0.145 1.089 0.023 1.157 1.090 1.00
価値×構成 -0.009 1.089 -0.000 -0.578 -1.011 -0.49

表(T8) 脊椎恒温植食動物の摂取と生産構成

「構成」は主体のエネルギーで測られた摂取量から生産量を差し引いたものである。いまたとえば,この主体が生物体を生産する割合を0.002単位だけ減少させるエネルギー構成比に,上に述べた何らかの結果として,変わっていったとしよう。これは,かならずしも生産の側面だけが変わることを意味しない。エネルギー構成は摂取源のエネルギー体化量を1として見ているだけであるから,摂取要素と生産の要素全体に関わる変化として,生物体に固定化されるエネルギーの割合が減った可能性もある。この減少によって,生物体生産量は0.008単位となる。エネルギーは保存されているからこの減少した分は,エネルギーを体化した他の要素の生産量が増大しているはずである。現実的には二つの方向が考えられる。第一は,活動量が高まりエネルギーの廃熱化傾向が促進され,呼吸廃熱と栄養塩の生産割合が増大するという方向である。第二には,植物の摂取量を高め,呼吸廃熱と栄養塩は同じ水準で増大し,一方生物体生産量は十分増大せず,そのかわりに排泄量が増大するという方向である。

まず第一の方向での結果を示そう。生物体生産量の減少に対して,呼吸廃熱が0.002だけ増大すると生体生産量と生物遺体生産量は0.008となる。呼吸廃熱は0.002増加して0.492となる。栄養塩もわずかに増加して,0.06から0.062になるとしよう。これらの変化分にそれぞれの価値をかければ生産価値の増加量0.000073が与えられる(注11)。このとき,摂取価値は変わっていない。一方,変化以前の構成での価値損失は0.000034単位であるから,変化によってわずかに価値的な剰余が発生していることになる。脊椎恒温植食動物の新しい構成のもとで再び*群集総呼吸廃熱の最大化問題を解いた結果を表~T9 のI列に示している。

No. 記号 I II
総呼吸 158.3960 158.3964
1 P 166.6667 166.6667
2 Ha 25.0000 25.0000
3 Hb --- ---
4 Hc 4.0000 4.0000
5 Cga 0.2500 0.2500
6 Cgb --- ---
7 Cgc 0.5900 0.5900
8 Mfc 2.6696 2.6696
9 Sfc --- ---
10 Mfo 83.8491 83.9268
11 Sfo 32.6006 32.5581
12 Mp --- ---
13 Sp 71.0000 71.0000
14 Ma --- ---
15 Sa 2.8821 2.8780
16 Im 33.2445 33.2744
17 Csa 1.1848 1.2029
18 Csb --- ---
19 Csc 11.3232 11.3049

表(T9) 変化した脊椎恒温植食動物のエネルギー構成のもとでの解

もともとの最大呼吸は158.3951であるから,変化後の*群集総呼吸はわずかながら増大している。これは脊椎恒温植食動物の旧価値での剰余を群集総呼吸の形で吸収したことによるものである。最も大きな変化は,予想したように脊椎恒温植食動物が正の活動水準を実現したことである。そして,それと競争関係にある脊椎変温植食動物が活動水準を確保できなくなってしまっている。これは,摂取要素と生産要素の種類がまったく同じでその量的構成比が異なるだけという,生態系の中で強い競争関係にある二つの種の中で,優位の種が代替したことを意味している。また,それにともなって腐食系の主体の活動水準のバランスが微妙に変化している。

脊椎恒温植食動物に関する第二の方向での変化について*シミュレーションする。そのために,生体生産の0.002単位の減少が排泄物0.002単位の増大に代替したとしよう。先と同様に計算された生産価値の増加分は0.000088単位で,第一の方向と同様に脊椎恒温植食動物に価値的な剰余を与えるものである。価値的剰余はほんのわずかだが第一の方向よりも大きい。結果は表~T9 のII 列に掲げている。わずかの変化量を除いて基本的に第一の方向と同じである。

このように,*呼吸廃熱価値は生態系の構造を変化させるマクロ的な動因となるべきものである。すなわちこの価値体系は,生態系がより活力あるシステムに構造を変化させるために,要素や主体の評価に関わる決定的な情報を提供するのである。これは,*進化論的な長い時間の中で生態系がシステムとして淘汰される,すなわちマクロ的な意味での生態系が,より活力あるものに置き換わっていく間に,その安定化に貢献するように種が変化していくことによって,最大呼吸が実現することを意味している。すなわち,これはシステム進化の仮説*の主張するところである。

そしてもう一方で,それよりも短い時間的な視野の中で,生態系のさまざまな主体が,この価値を情報としてとらえることによってみずからの規模と構成を変化させる可能性も存在する。このように生態系のマクロ的状態を反映した価値が生態系の中で現実に機能するためには,すべての生物主体がその情報を認識したり,交換したりする能力をもっていなければならない。動物が何らかの形で情報に関するこのような能力をもっていることは,容易に推定される。しかし,動物ばかりではなく植物もまた,二次的に生産される化学物質によって他の種に影響を与えていることが知られている(他感作用,アレロパシー)*。呼吸廃熱価値体系がこのような短い時間的な視野の中でどのように機能しているのかについて,実証的な裏づけはまだないが,*最大呼吸仮説が機能しているならば,かならずこの双対システムも生態系の中で何らかの役割を演じていなければならない。

5 節 群集構成の最適性と現実性   (副目次へ

この生態系モデルの分析結果に対する以上の検討をもとに,現実の生態系と対比させる中で最大呼吸解を与える群集構成のもつ意味を考察しよう。

まず,ここでの解は生態系の定常状態の解である。すなわち,生態系が動的に変化していく状態を表現する解ではない。生態系が規模や群集構成を変えないことを前提にしている解である。外部的*環境が与えられた中で,生態系のマクロ的な目的を最大限実現する状態を与えるものである。次章で示すように,外部環境がある与えられた初期状態からみて十分過剰に存在することを前提にして,生態系のダイナミックな変化を表現するようにこのモデルを発展させることは可能である。しかし,ここでは定常均衡解だけを問題にしている。その点で,生態*遷移の理論でいえば,極相*状態に対応する解である。したがって,ここでの均衡解と比較されるべき現実の生態系の状態は極相かそれに近い状態にある生態系であると考えなければならない。

その点をふまえて,ここでのモデルに関して与えられた最適な群集構成の重要な問題である,いくつかの主体の活動水準がゼロになる点について検討しよう。

そのためにまず,生態学における*ニッチの概念を明確にしておく。ニッチ(ecological niche:生態的地位)とは,生態系における種間競争の要因と影響を表現するための概念である。種と種の間の競争は二つの種の生物的,非生物的な生存環境と深い関係をもっている。生態系はそれを構成するさまざまな種に多様な環境を提供している。そして,そのうちのいくつかが,競合する種の優占性に強い影響を与えている。たとえば,同じ有機物を食糧とする種は強い競合性をもつが,食糧が異なれば競合性は弱くなる。あるいは,樹木などが提供する空間的環境*について,同じ状況を利用する生物どうしは,この利用をめぐって競争する。活動する季節が同じものより,異なる場合の方が競争的圧力は弱まる。多様な環境要因への依存状況をあらわすものが*ニッチなのである。

簡単化のために,二つの環境要因 A よび B を考慮しよう。一つは,生態系における空間的環境であるとする。たとえば,昆虫が樹木の特定の場所を生活の場とする場合,このような環境が一次元的に並べられると想定しよう。もう一つは,資源利用をめぐる環境である。植物の場合,水や土壌であり,動物の場合,たとえば食糧の種類と量である。このような資源の種類と量もまた一次元的に並べられると想定しよう。図~F2 において,OX という軸に A の環境要因があらわされ,OY という軸に B の環境要因があらわされているとしよう。



図(F2) *ニッチの概念図

すると,この生態系が提供する環境要因の規模は,四角形 OXYZ であらわされることになる。ほかの条件が一定ならば,この四角形が大きければ大きいほど生態系が提供する環境が豊か*であるといえる。

いま,二つの種を考えよう。第一の種は環境要因 A の\overline{a1a1'} であらわされる部分を利用し,環境要因 B の\overline{b1b1'} であらわされる部分を利用するとしよう。おなじく第二の種は環境要因 A の\overline{a2a2'} であらわされる部分を利用し,環境要因 B の\overline{b2b2'} であらわされる部分を利用するとしよう。すると,第一の種が利用する環境は四角形 N1 であらわされ,第一の種の基本*ニッチ (fundamental niche) と呼ばれる。同じく,第二の種の基本ニッチは N2 である。この基本ニッチの重なり方が強ければ,二つの種の競争が厳しいことを意味している。ただし,現実には,競争が厳しい状態であってもそれぞれの種が競合する部分を弱め,環境要因の利用を特殊化する方向に変化し,二つの基本ニッチの重なり部分を少なくする可能性もある。このように調整されたニッチは実現ニッチ (realized niche) と呼ばれている(注12)。競争の現実の状態を規定するのはこの実現*ニッチである。

このニッチ概念をもとに活動水準がゼロとなる生物主体の存在の問題を検討する。例えば,先に検討した脊椎恒温植食動物の活動水準はゼロとなっている。この脊椎恒温植食動物と脊椎変温植食動物とでは,少なくともここでのモデルに関して,摂取している要素と産出している要素の種類がまったく同じであるという意味で,基本*ニッチの重なり方が非常に強い。そして,前節で検討したようにこの二つの主体はわずかの主体的状況の変化で最適な群集構成における相互の地位が入れ替わる。すなわち最適群集構成で正の活動水準を有しない一方がマクロ的な目的に適合するように主体的構成をわずかに変化させるとみずからの位置を確保し,もう一方の存在意義を奪い取る。それはちょうど,二つの種が同じ*ニッチに永続的に共存できないというガウゼの 競争的排除の原理*を表現しているものである(注13)。

しかし,このモデル生態系が与えている環境許容量*をあらわす空間にくらべて,一つの種の*ニッチ空間は,余りにも広い。したがって,主体間でニッチが大きく重なってしまう結果としてこのような相互排除が起こっていると考えなければならない。脊椎変温動物と脊椎恒温動物は,植食動物も肉食動物もニッチ空間が大きく重なっている。すなわち,摂取対象物と生産物が同じ種類の要素であり,それらの間の構成比も非常に近い。摂取対象を同じものにしている微生物と腐食動物の場合は,それよりも少しニッチ空間の重なりが小さくなる。というのは,このモデルでは微生物は最終分解者としてとらえられ排泄物の存在を想定していないからである。

モデルの中でニッチ空間の多様性を規定している基本的な要因は二つある。第一は摂取や生産の対象となる要素の種類である。第二は,各主体の摂取と生産の量的な構成比の差異である。特に第一の点が重要である。第二の点のみでニッチ空間の多様性をつくりだすことは困難だといわざるをえない。それは,これまでの*最大呼吸仮説による分析の一つの結論でもある。ここでのモデルの場合,主体の種類に比べて要素の多様性が欠落している。たとえば,モデルの要素には物質的なものしか登場してこないが,現実の生態系においては,動物が植物に対する受粉サービスを行なったり,植物が動物の生活空間を与えたり,主体は相互に非物質的なものの授受も行なっている。物質的なものでも,第一次的生産者である植物は,ここにあげている3種類の物質ばかりでなく,たとえ一つの種であっても実に多様な物質を生産している。単に,葉や茎や根とかいった差異ばかりでなく,タンパクやでんぷんなどの分解が容易なものから,リグニン*やセルロース*の分解困難な物質まで多様な物質を生成し,それらの物質構成は微生物や動物による分解の過程に強い影響を与える。これは,植物だけではなく,動物についてもいえる。こうした多様性をモデル上に表現すれば,内包するニッチ空間ははるかに多様になる。それによって,摂取と生産の構成においてはきわめて近い,このモデルの脊椎変温動物と脊椎恒温動物の場合であっても,独自のニッチ空間*にみずからの存在場所を占めることができるはずである。

最適群集構成の現実性に関して,もう一点注目すべきは,ここでのモデルが不確実性*を何ら考慮しないモデルになっていることである。現実の生態系では,非生物的環境*はさまざまな不確実な撹乱にさらされている。太陽光や栄養塩の供給,あるいはここでは明示的に考慮していない水の供給などは不確実な変動の中にある。あるいは,一時的な気候の変動から特定の種にとっての環境が著しく悪くなることもある。こうした不確実な撹乱は,最適群集構成を変化させる。たとえば,ある撹乱が発生しない限り,Aという種は生態系の中に確かな存在位置を占めるが,撹乱が発生する場合はBという種の一定規模の存在が最適な群集構成となるとしよう。そして,もしその撹乱のもとでBという種が存在しなければ,生態系の総呼吸量が著しく減少するという場合,生態系は撹乱がないもとでもBという種を完全に消滅させずに温存するということは十分有りえる。すなわち,*最大呼吸仮説のもとでの目的関数は,あらゆる条件が確定的に与えられていることを前提にしたものではなく,不確実なもとでの最大化でなければならないのである。経済学においては,このような不確実なものとでの決定原理として,フォン・ノイマン*ン}型の効用関数*を用いる理論が展開されているがこのような方向も考えられるべきである。

*最大呼吸仮説は,生態系のマクロ的な動因に関する一つの仮説である。現実の生態系の群集構造がこの方向で組織化されるか否かは,さまざまな方向から検証されなければならない。生態系は複雑なシステムであるから,この検証自体が容易でないことは明らかである。しかし,検証されなければ意味をもたない仮説とは考えられない。*最大呼吸仮説はエネルギーをより多く使いきれるシステムがより高い活力をもち,より安定的に存在を持続させることができるという,自然な考え方を生態系に適用したものである。生態系は,多数の個体群がそれぞれ個別的な動機にもとづいて活動し,全体的な調和を実現しているために,この考え方の単純な適用を困難にしているが,仮説の前提には無理はない。したがって,それは生態系の一つの規範的なあり方を与える仮説であり,生態系の分析のための作業仮説*としてもとらえる必要がある。本章での分析の目的は,この作業仮説としての*最大呼吸仮説が,推計された生態系モデルを分析する場合に,どれほどの有効性をもちうるかを示すことにあった。本章では,最大呼吸仮説が,与えられた主体のもとで一つの最適な群集構成を与え,生態系の中で生物主体のはたしている役割とその定量的評価,および生態系の中での要素の希少性に関する体系的な示唆を与えるものであることを明らかにした。


脚注

(1)Heal and MacLean~ 。他に Begon~ , p.677。(もどる
(2)吉良~ は,多年生草本群落*の総生産の効率を1.3〜1.6\%としている。この効率はここでのモデルのように植物を一つのコンパートメントとしてまとめている状況では,結果に何ら影響を与えないので,わかりやすいように,2.0\%と想定した。また,同じく多年性草本群落の,総生産に対する*純生産の比を0.55〜0.65としているが,ここでは,0.6とした。(もどる
(3)宝月~ は植物の乾燥重量*に対する窒素含有量を平均で3\%,同じく脊椎動物平均で10\%であるとしている。陸上植物の乾燥重量1gあたりの平均熱量は4.5kcal,同じく脊椎動物のそれは5.6kcalであるから(たとえばOdum~ )栄養塩の単位をある程度具体的にとらえることは可能である。(もどる
(4)線形モデルにおける活動水準の意味と機能については前章参照。(もどる
(5)線形モデルにおける,主体の摂取要素間の代替の取り扱いについては前章参照。(もどる
(6)すでに述べたように動物の活動水準は,有機物の摂取量で測り,植物は総生産量で測っている。(もどる
(7)双対定理については本書の付録を参照。(もどる
(8)Dorfman, Samuelson and Sollow~ 参照。(もどる
(9)0.0001の差は表に掲げる際の丸め誤差によるものである。(もどる
(10)Coupland, Willard, and Ripley~ の結果を吉良~ より引用。(もどる
(11)表の数字をそのまま用いて計算したものとわずかに異なるが,それは表の数字が少数第四位で四捨五入しているためである。(もどる
(12)このニッチ概念は,Hutchinson~ によって与えられたものである。*ニッチ概念の歴史については,マッキントッシュ~ ッキントッシュ89}。他に,ホイッタカー~ , Odum~ , 黒岩~ など参照。(もどる
(13)Gause~ , ホイッタカー~ , Hutchinson~ など。(もどる



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