環境とエネルギーという二つの人類的問題は、今日ますます切り離しがたい問題になってきている。たとえば、主要なエネルギー源である石油は刻々と枯渇に向かっており、一方でその大量使用は、二酸化炭素の大気中への放出によって、地球温暖化というグローバルな環境破壊を引き起こす要因になっている。こうした化石資源の大量使用は、また窒素酸化物、硫黄酸化物などによる大気汚染、さらにはそれらが降雨の中に吸収されると酸性雨を発生させ、広域的な生態系破壊などを引き起こすまでになっている。森林破壊や砂漠化による生態系破壊、化学物質による生態系汚染、オゾン層破壊なども、根本にはわれわれのエネルギー使用の異常さという背景を持っている。
このような環境とエネルギーという問題に対して、具体的な対応が開始されている。たとえば、二酸化炭素の排出規制についてはすでに環境税・炭素税などの形で実施されている地域がある。また、本年6月に開かれた地球サミット(環境と開発に関する国連会議)では、不十分な点はありながらも地球温暖化防止条約、生物多様性条約などが成立した。グローバルな問題解決への行動も進み出している。さらに、エネルギー問題についても更新可能な資源への代替が進められてきている。しかし、忘れてはならないのは、こうした問題を発生させている本質的な要因がわれわれの経済あるいは社会の組織と活動のあり方にあるという点である。具体的な対策はその意味で対処療法でしかない。具体的な対策は社会の利害に直接触れる可能性が少ないために、先行して進んでいるが、問題の根本的解決のためには必ずわれわれの社会の構造にまでさかのぼらなければならなくなるのである。
問題はわれわれ人類の持続的生存を可能にする社会のシステムはどのようなものかということである。この点に関する議論は余りに少ない。本書の基本的課題は、この環境とエネルギーという不可分の問題を解決するために不可欠な経済システムの提起およびその理論的な解析である。本書で提起するのは定常循環系としての経済システムである。本書の目的はこのシステムが理論的にどのような整合性をもっているのか、あるいは今日の経済の現実のなかでどのような可能性をもってているのかを私の能力の範囲で可能な限り示すことである。そしてさらに、この分析が今後の新しいシステムに関する議論に活かされることを期待している。
ただし、今日の環境とエネルギー問題は、いわゆる南の貧困な国々と北の豊かな国々とではまったく違った状況の中におかれ、違った議論が必要になっている。われわれがさしあたって、議論の対象とするのは、発達した市場経済圏を構成している国々の経済、すなわち先進国経済である。
本書の各章の構成は以下のとおりである。第1章は、新しいシステムは現在の経済を基準にして、どのような方向への努力が必要とされるものであるかを明らかにしている。本書全体の基礎となる章である。われわれの経済と社会の真の安定性、持続可能性は、成長をシステム維持の不可欠の動機としている状態では実現不可能であり、非更新性資源の大量使用およびその廃棄物の大量廃棄を継続させているもとでもまた不可能である。本節ではその代替システムの見取り図を描く。成長の問題では特に貯蓄の意義および機能に焦点を当て、循環の問題では経済学が従来問題にしてきた循環とわれわれに求められている循環の違いを明らかにしている。さらに、今日の環境破壊の問題を物質循環観点から類型化し、問題の本質的側面の解明を試みた。
第2章は、新しいシステムをミクロ的に動機づけるものとしての価値体系の問題を議論している。経済学はその誕生以来、価値問題を議論し続けてきた。それらはいずれも現行の市場価格体系の規定要因としての価値問題であった。ここでは特に、定常循環系を支える目的のもとに個人と生産主体が行動する場合のマクロ的な情報としての価値の問題、そうした価値が複数の目的のもとに同時的に提起される可能性と必要性について明らかにする。そして、石油を例に一つの価値体系とそこからえられるわれわれの生活様式の特徴を実証的に明らかにする。
第3章は、グローバルな経済循環を回復するための、内部的な資源循環の問題をモデル分析している。理論的には、循環に不可欠な活動である再資源化行動が目的整合的であるための条件を解明する。さらに、これまでほとんど議論されていない生産と消費を通して資源がどのように移転していったかを明確にあらわす、資源転化体系を構成し、資源循環がどのように把握されるのかを理論的に明らかにしている。さらに、廃プラスチックのリサイクルを例に、再資源化工程の今日の技術のもとにおける効率性評価、成立可能性を実証的に明らかにしている。私の知る限り、結合生産を排除しないモデルを産業連関表のデータをもとに構成し、こうした特殊な工程の理論的な可能性を検討したものは他にない。
第4章は、人間にとってのエネルギー問題のもつ特殊性および新しいシステムのエネルギー的基礎について議論している。実証的には、太陽光発電について日本の最新のデータをもとに効率性評価している。太陽光発電の効率性を産業連関表を用いて分析したものは世界的にもほとんど例のないものである。
本書の各節で示されるように、この新しいシステムの現実性は、そのシステムが体化している目的によって導き出される価値体系のワーキングに強く依存している。すなわち、消費バスケットの選択にせよ、企業による新技術の導入にせよ市場価格によって評価されるコストではなく新たな価値体系にそった評価がなされていくようになるかどうかが決定的に重要な意味を持ってくるのである。こうした価値評価は、自発的にしろ社会的に強制されたにしろ、個人あるいは企業が新たな経済の目的に協力していくのが第一の現実化の基礎である。さらに、政府の課税、補助金などの経済政策によってこの価値評価にそった経済過程への介入は不可欠である。ただし、本書では基本的な原理を提示することを重視し、これらの現実化のための政策的問題は、別の機会におこないたい。
新しい経済システムは、現在の経済の上に、その基本的多くの要素を受け継ぎながら連続的に構成されるべきものである。本書では、理論的な検討にとどまることなく、現在の経済の統計的情報を生かしながら、新たなシステムの課題を実証的に分析している。本書の三つの節で1985年の産業連関表を用いた実証分析を行っているが、いずれも183部門統合表を基礎にし、必要に応じて基本表を使うというように、データと手法の統一性を重視している。
また、理論的な検討のために必要なモデルについては可能な限り単純なものにし、全体として整合性をもたせた。すなわち、第3章3.1節で用いた循環系の表現のための理論モデルは、第2章2.1節で用いた価値の機能を示した工業部門と農業部門からなるモデルを自然に拡張し、再資源化部門を付加し各部門の廃棄物を主生産物の結合生産物として取り扱う機能をもたせたものにしている。
本書の内容を構成するに当たって多くの方のお世話になった。
まず、第2、3、4章の実証分析にあたってデータを提供していただいたり、私の聞き取り調査に応じていただいた方にお礼を申し上げたい。個々の名前は、それぞれの節の元になった論文に掲げてあり、ここでは省略させていただく。一橋大学の室田武氏には、エントロピー学会での講演の場を提供していただき、個人的な討論で刺激を受けることが多く、その内容は本書を充実する上で貴重なものであった。京都大学の植田和弘氏には、本書の内容に関わる学会報告の討論者をやっていただき、貴重な意見をいただくとともに、私も参加している経済企画庁経済研究所の地球環境ユニットでは、一橋大学の寺西俊一氏、横浜国大の長谷部勇一氏、同研究所調査員の宮崎誠司氏とともに、本書の内容に関わる刺激的で豊かな討論をかわしていただいた。また、神戸大学経済学部の中谷武教授、足立英之教授には本稿を改善する上で貴重な示唆をいただいた。和歌山大学の山本紀徳教授には、内容に関わる意見ばかりでなく本稿の多数の文章上の誤りを指摘していただいた。以上の方々に、この場をかりてお礼申し上げたい。
また、斎藤光雄教授、置塩信雄教授、豊田利久教授には、神戸大学大学院時代に、研究者に必要とされる基本的な分析能力、問題の把握の仕方についてきびしい指導をしていただいた。この指導からえたものなしには本書のような内容の書をまとめることは不可能であった。この場をかりてお礼申し上げたい。
最後に、研究叢書として刊行する機会を与えていただいた和歌山大学研究叢書刊行委員会、財団法人和歌山大学経済学部後援会に感謝の意を表する。
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