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目次
  第 2 章 定常循環系と価値
   2.1 節 価値と経済行動
    2.1.1 目的と価値
    2.1.2 成長、技術、価値
    2.1.3 資源投入最小化と価値体系
    2.1.4 複数価値体系の同時成立


第 2 章 定常循環系と価値   (目次へ

人間の経済行動は、経済的な価値意識によって動機づけられている。財あるいはサービスなどの経済的対象に対する価値意識は、経済という一つのシステムに対する目的を持った能動的な行動によって生じる。そして、成立すべき定常循環系としての経済も、こうした人間の広範な行動によって支えられなければならない。すなわち、新しいシステムは上からの指示的な計画化によって構成されるのではなく、人々の自発的な行動によって形成され、維持されなければならないのである。したがって、定常循環系において人々がどのような目的および価値意識に基づいて行動するのかは、そのミクロ的基礎の確かさに決定的な影響を与えるのである。

本節では、定常循環系の課題を明らかにするというわれわれの目的に沿って価値の定義を与え、現行の市場価格体系を規定している価値に対して一つの代替システムとしての原油価値体系とその有効性を示す。
2.1 節 価値と経済行動   (目次へ

2.1.1 目的と価値   (目次へ

われわれは、目的によって生じる経済的対象に対する評価体系を価値あるいは価値体系と呼ぶことにしよう。価値に関するこの定義がこれまでの経済学の世界での議論とどれだけ整合性を持ち、また異なったものであるかは問題ではない。われわれにとって、価値をこのように定義することが、定常循環系のミクロ的基礎を明確化するのに必要不可欠なのである。われわれの定義の特色は、第一に価値は目的に関係づけれられているという点にある。経済的な価値付けは、財貨に対して行われるが、ある整合的な価値体系は、ある目的を実現するための手段、あるいは手段の秩序付けであるということである(注1)。第二は、価値が評価の体系であり、したがって主観的な評価システムであるということである。ただし、主観的なシステムであるとしても、必ずしも個人の意識の中にあるという意味とは限らない。共同的に了解された評価体系という場合もあり、その場合は客観性も強くなってくるが、それでも評価の基礎は主観的である(注2)。

市場価格は市場によって具体的に与えられる交換比率であり、われわれの価値とは異なる概念である。われわれの価値は、さまざまな局面であらわれるものであり、価値と価格の一般的な関係はまったく問題にならない。しかし、状況によっては密接な関係が生じる。すなわち、経済的目的にはそれに付随する価値体系が存在するので、われわれが現在の市場経済が経済成長というマクロ的な目的を持っているとするならば、それにともなう価値体系が存在するはずである。そして、その価値体系は現在の市場経済のもとで成立している価格体系と密接な関係が存在するはずだからである。
2.1.2 成長、技術、価値   (目次へ

経済のシステムの側の目的と価値について議論しておこう。すでに第1章の最初の節でも議論したように、今日の発達した市場経済におけるこのシステムのマクロ的な目的は経済成長である。より限定した表現を使うならば、与えられた条件の中で最大の成長をめざすことである。この最大成長という目的は各生産者における利潤の最大化行動と高い整合性を持っている。最大成長は経済のシステムとしての目的、マクロ的な目的であり、これに対して、利潤の最大化は個別生産者の目的、ミクロ的な目的である。すでに述べたようにこうした二つの目的を関係づけているのは価値である。生産者は、技術を選択する場合あるいは要素の投入構造を変化させる場合に、与えられた価値体系のもとで最大利潤をあげるような技術を選択する(注3)。一般に個別生産者の利潤を大きくする技術を選択することが社会的にみて成長能力を増大させるとは限らない。したがって問題は、この価値体系のもとで利潤を最大にする技術が同時に社会的な経済成長率の最大化をもたらす技術となっているかという点にある。そして結論的には、利潤最大化を追求する競争的市場環境のもとで成立する価値体系はこうした技術選択を企業にさせるものになる可能性が高いといわざるをえないのである。そして、この価値体系は現実に成立する市場価格の体系の基準となっているのである。

この点を、工業部門(K)と農業部門(C)の古典的な二部門モデルを用いて確認しよう。前者は工業製品を生産し後者は農産物を生産する。二つの部門ともに工業製品と労働の投入だけを考量する。労働者(H)の賃金は、ある一定の工業製品と農産物に支出された場合に必要とされる額に常に調整されているとしよう。すなわち、再生産費賃金理論を採用し、賃金は固定した割合で二つの財に支出される。これらの関係は図~F1のようにあらわされる。

工業・農業の二部門モデル   (F1)

これらの相互関係を次のように定量化しよう。ただし、係数は生産水準に依存せず固定している。まず、工業部門と農業部門は1単位の生産に akk,akc の工業製品がそれぞれ必要とされる。労働は、同じくそれぞれ lk,lc だけ1単位の生産に必要とされる。1単位労働の維持に必要な工業製品と農産物は、θh,h, (θ> 0) である。

いま、ある価格が市場で成立していたとしよう。その価格を、pk,pc とする。するとこれらの価格に対するそれぞれの部門の利潤率 rk,rc が次のように与えられる。 pk = (1+rk)(pkakk + wlk) pc = (1+rc)(pkakc + wlc) w = pkθh + pch ここで、wは、貨幣賃金率である。この両部門の利潤率は必ずしも等しくない。長期的にはより高い利潤率の部門に資本が移動し相対的に価格を下げるとすると、利潤率を圧縮する。したがって、競争的環境のもとでは、利潤率は両部門で均等化すると考えられる。いま、この均等な利潤率を r としβを β= 1/(1+r)とすると、上の式は次のように書き換えられる。 β pk = pkakk + wlk β pc = pkakc + wlc w = pk θ h + pch ところで、これらの式は技術と分配に関する条件、akk,akc,lk,lc,θ,h が与えられたときに、利潤率と価格を決めているものであるが、価格は負になってはならないし、少なくとも一方の価格はゼロであってはならない。さらにまた、この均等利潤率が負であるような経済も維持することができない。このような経済は、技術がある一定の高さに達し、労働者への分配がその技術に対してある程度の水準に抑えられていることが求められる。このための必要十分条件は、次のように与えられる。 1-akk-θ hlk > 0 (1-hlc)(1-akk-θ hlk)-(akc+θ hlc)(hlk)>0 この条件が満たされているとき、両部門の価格はともに正で、利潤率もまた正になる。この価格体系を生産価格体系と呼ぶことにしよう。さらに、簡単化のために農産物の価格で上の利潤と価格を与える三つの式のそれぞれの両辺を割って、p=pk/pc, ω = w/pc とおくと、

β p = pakk + ω lk    (E1)

β = pakc + ω lc    (E2)

ω = p θ h + h    (E3)

となる。われわれが検討することは、第一に、生産部門に現行の価格のもとでは従来のものより生産費用が低くなる新しい技術が導入された場合の均等利潤率がどのように変化するかである。そして第二に、労働者の選好が貨幣賃金率を低下させるさせる方向に変化した場合に均等利潤率がどのように変化するか検討する。

まず新技術の導入の場合について検討しよう。いま工業部門で現行価格で計って費用が低下する新技術が導入されたとしよう。新技術を (akk',lk') であらわそう。このことは、

β p > pakk' + ω lk'    (E4)

が成立することを意味する。この新しい技術の導入と、それによって発生する超過利潤は競争原理によっていずれは新たな均等利潤率を成立させる。この新たな均等利潤率を r' として、β '=1/(1+r') とする。また、それを実現している価格および賃金率を pk',pc',w' とし、先と同様に、p'=pk'/pc', ω' = w'/pc' とおくと、

β ' p' = p'akk' + ω ' lk'    (E5)

β ' = p'akc + ω ' lc    (E6)

ω ' = p' θ h + h    (E7)
が成立する。このとき、β > β ' であることが次のように示すことができる。まず、(E3)から(E7)を引くと、
ω - ω ' = (p-p')θ h    (E8)
をえる。さらにこれを(E2)から(E6)を引いたものに代入すると、

β-β '=(p-p')(akc+θ h lc)    (E9)

をえる。また、(E4)から(E5)を引いたものに(E8)を代入し変形すると、

(β-β')p>(p-p')(akk'+θ hlk'-β')    (E10)

となる。ここで、右辺の二番目の括弧の中は、(E5)に(E7)を代入した式と p'>0 でなければならないことを考慮すると、必ず負にならなければならない。(E9)から、β ≦β' (注4)ならば、p ≦p'でなければならないが、これは、(E10)に矛盾する。したがって、β > β ' をえる。したがって、r<r' である。すなわち、現行価格で超過利潤を発生するような新技術が導入されると、利潤率は上昇するのである。このことは、農業部門における新技術の導入に関してもまったく同様の結論をえることができる(注5)。

次に、労働者の選好が現行価格で、賃金率を下げる方向に変化した場合の利潤率に与える影響を調べてみよう(注6)。いま新しい選好を、$θ', h'$ であらわすことにしよう。この結果は、次の式が成立していることを意味している。

ω > pθ'h'+h'    (E11)

この新しい状況のもとでの利潤率および価格は次のように与えられる。

β ' p' = p'akk + ω ' lk    (E12)

β ' = p'akc + ω ' lc    (E13)

ω ' = p' θ' h' + h'    (E14)

まず、(E11)から(E14)を引くと、 ω - ω ' > (p-p')θ' h' をえる。この式を、(E1)から(E12)を引いたものと(E2)から(E13)を引いたものにそれぞれ適用することによって、次の二つの式をえる。

(β - β')p > (p-p')(akk+θ 'h'lk-β)    (E15)

β - β' > (p-p')(akc+θ 'h'lc)    (E16)

いま、仮に β \leq β' と仮定してみよう。すると、(E15)の第二項は先と同様の理由により負であるから、p-p'>0である。これは、(E16)式と整合的ではない。したがって、β > β' である。これは、労働者が現行価格のもとで賃金を低くするように消費態度を変更する場合には、利潤率を上昇させることを意味する。

次にこの利潤率の上昇と経済成長との関係を調べておこう。簡単化のために、労働者は前払いで受け取った賃金をすべて支出し、利潤の処分権者としての資本家は受け取った利潤ののうち s; (0<s<1) の割合の分だけを貯蓄に回し、その他を労働者と同じ構成比で消費に回すと仮定しよう。第t期の各部門の生産量をxit,i=k, cであらわす。このとき、第t+1期のxit+1,i=k, cの生産のために必要な工業生産物は第t期の生産物から需要されるが、その量はakkxkt+1+akcxct+1 である。また、第t+1期の総雇用労働量はlkxkt+1+lcxct+1 である。賃金が前払いであるために、1単位労働あたり第t期の工業生産物と農業生産物にそれぞれ θ h, h の需要が発生する。また、一単位の各部門の売上額に含まれる利潤量は r/(1+r) で、そのうち消費に回る量は (1-s)r/(1+r) である。この資本家の消費額は工業生産物と農業生産物に θ/(1+θ):1/(1+θ) の比で割り振られる。また、両部門の売上額の合計がpkxkt+pcxctであることに注意すると、第t期の両分門の生産物に関する需給均衡式は、次のようにあらわされる。 xkt=akkxkt+1+akcxct+1+θ h(lkxkt+1+lcxct+1)+(1)/(pk)(θ)/(1+θ)\frac{(1-s)r}{1+r}(pkxkt+pcxct) xct = h(lkxkt+1+lcxct+1)+(1)/(pc)\frac{1}{1+θ}((1-s)r)/(1+r)(pkxkt+pcxct) ここで、左辺はそれぞれの部門の生産量で、右辺はそれに対する需要であるが、右辺最終項は資本家の消費量をあらわす。これは一つの差分方程式となっていて、ある初期の両部門の生産量が与えられればその後の両部門の生産経路が一意に決定される。したがって、初期条件によってさまざまな成長経路がありうるが、このモデルの場合、一方の生産量が負になってしまわない長期的に持続可能な経路は一つしかないことがわかっている(注7)。そこで、この両部門が等しい成長率gで増大する均斉成長経路を検討しよう。そこで、xkt+1=(1+g)xkt,xct+1=(1+g)xct+1,xk=xkt,xc=xctとし、先と同様にp=pk/pcとすると、上の二つの式は次のように書き換えられる。 pxk=(1+g)[p(akk+θ hlk)xk+p(akc+θ hlc)xc]+(θ)/(1+θ)((1-s)r)/(1+r)(pxk+xc) xc = (1+g)h(lkxk+lcxc)+(1)/(1+θ)\frac{(1-s)r}{1+r}(pxk+xc) ここで、工業製品はpをかけることによって、すべて農産物量で計っている。いま、この二つの式の両辺をそれぞれ加えたものと、(E1)にxkをかけ(E2)にxcをかけ両辺をそれぞれ加え(E3)を代入したものとを比較することによって、次の式をえる。

sr=g    (E17)

この式は、利潤率を貯蓄率で割り引いたものが成長率に等しくなることを意味している。この式は、上に述べたような想定のもとで導出したものであるが、第1章でも議論したように、成長に対する貯蓄の果たす重要な役割を示しているとともに成長の原資としての利潤の役割もまた明確にしている。その点で、経済成長を考える上で基本的な重要性を持つ式である。

(E2)を考慮すると、利潤率を増大させる技術的変化、あるいは消費態度の変化は同時に経済の成長能力の増大をもたらす高い蓋然性を持っていると考えられる。現実の経済では、マクロ的にみると常に企業が貯蓄不足の状態にある。この点を考慮すると、利潤率の増大と成長率の増大との関係性の強さは否定できない。

以上を総合的に考慮すると、われわれの議論した資本の利潤最大化をめざす競争的な環境の中で成立する価格体系、すなわち生産価格体系は経済成長という目的と緊密な関係をもつ価格体系であることがわかる。すなわち、この価格体系は経済成長という目的に対する価値体系として機能しているのである。したがって、現実の市場に成立する価格体系はこの生産価格体系を基準にしながら運動する価格体系とみることができるのである。
2.1.3 資源投入最小化と価値体系   (目次へ

価値に関するここまでの議論では、経済の外部から投入される資源の問題について特別考慮しないモデルで問題を考えてきた。しかし、実際には人間のいかなる活動にも依存せずに存在している自然の資源を人間は大量に経済の中に取り込んでいる。定常循環系の経済においては外部から投入される資源を可能な限り少なくするという目的が働く。すると、これもまた対応する価値体系を持つことになる。ここで、資源投入最小化と価値体系の問題について、必要な議論を展開しておくことにする。

これまでのモデルと生産技術は同じにし、外部から投入される一つの資源を考慮し、これが工業製品1単位の生産にnkだけ必要とされると考えよう(注8)。そして、定常的な人口をLだけ養うのに必要な生産が定常的に維持されると考えよう。この人口一人あたり、(θ h,h)だけの工業製品と農産物が必要とされるとし、H=hLとしよう。このとき定常状態が維持される条件として需要が供給を上回らないというのがある。ただし、われわれのような結合生産を考慮しないモデルにおいては、供給過剰を生み出すことは常に資源浪費になるので、需要と供給が一致することだけを考えればよい。すると、この条件は次のように定式化できる。

xk=akkxk+akcxc+θ H    (E18)

xc = H    (E19)

こうした定常状態の持続に必要な各期の資源投入Nは、N=nkxkであらわされる。このNは、上記の二つの式から解いたxkによって、技術および分配に関わる係数だけであらわすことができる。また、1>akkという条件が満たされる限り、両部門の産出が負になることはない。この条件が成立しないこと、つまり1単位の工業製品の生産にそれ以上の工業製品自身が必要になるならば、明らかにこの生産は意味がなくなる。したがって、われわれは代替技術も含めてこの条件の成立を以下仮定する。

この資源投入モデルに対応した価値体系を考えてみよう。単位生産物の価値をそれぞれvk,vcとし、次のような体系によってこれが与えられるとする。

vk = vkakk+nk    (E20)

vc = vkakc    (E21)

この二つの式は、それぞれの部門で投下資源価値が生産物に保存されていることを意味している。これによって二つの生産物の資源価値が一意に確定する。この価値体系が、物量的な資源投入最小化の目的と整合的かどうかを検討しよう。そのために、(E18)、(E19)の両辺にそれぞれvk,vcをかけて辺々加えたものと、(E20)、(E21)の両辺にそれぞれx_{k},xcをかけて辺々加えたものを比較することによって、nkxk=vkθ H+vcHをえる。これは、結局、

N = vkθ H+vcH    (E22)

をあらわしている。すなわち、外部からの資源投入量は資源価値で計った総支出量に一致する。このことからただちに、消費支出の構成比が資源価値ではかった総価値を低下させれば必ず資源投入量が減少するという結論を得る。次に、工業部門に新しい生産技術(akk',nk')があらわれ、この技術を資源価値ではかると総費用を低下させるものであったとしよう。すなわち、 vk > vkakk'+nk' が成立している。この技術を導入したときに成立する新しい価値体系をvk',vc'とすると、 vk' > vk'akk'+nk' が成立しているが、この二つの式より、 (vk-vk')(1-akk')>0 をえる。これは、われわれの仮定である1-akk'>0を前提にすると、vk>v_{k}'が成立しなければならないことを意味している。このことは明らかに、農産物の資源価値v'cも低下させる。すなわち、現行資源価値体系ではかると、費用を低下させるような新技術はそれによって成立する新たな価値体系において財の資源価値を以前より低下したものにするということである。ところで、新しい技術のもとでも(E22)と同様な方法によって、 N' = vk'θ H+vc'H の成立が確かめられるが、資源価値が低下していることは、明らかに、N>N'であることを意味している。すなわち、新技術のもとで投入資源価値が低下しているのである。このことは、農業部門での新技術についても簡単に確かめることができる。

以上の点をまとめると、資源価値体系は資源投入を最小化するという目的にちょうど対応した価値体系でありうるということである。すなわち、生産者と消費者がこの価値体系にもとづいて自らの主体的な、ミクロ的な目的を実現するために行動することは同時に社会的にみて必要資源投入を低下させることになる。
2.1.4 複数価値体系の同時成立   (目次へ

これまで議論してきた、生産価格体系と資源価値体系はともにそれぞれの固有の目的を実現するための価値体系となっている。前者は、経済成長という目的に対応し、後者は社会的な資源投入の最小化という目的に対応している。しかし、この二つの価値体系は目的が異なる以上に、前者が現実の価格の規定要因として機能するのに対して後者は現実的な基礎を持っていない。前者が現実的な基礎を持っているのは、市場の競争的環境が価値形成の要因となっているからである。後者には、そうした現実的基礎がない。しかし、後者は定常循環系の経済と両立する価値体系であり、生産者と消費者がこの価値にもとづいて行動することは決定的な重要性を持つ。したがって、このような価値体系は外部から経済の中に意識的に持ち込まれなければならない。

このような、定常循環系と整合的で代替的な価値体系を具体的に提起することは可能であり、その一例は次の節で提示する。この代替的な価値体系は一つだけとは限らない。それは社会の共同的な目的が競合し、多重的に存在しえるのと同じ数だけ存在することが可能である。そして、生産者あるいは消費者は市場経済の成長目的を明示的にしろ暗示的にしろ許容する限り、当面する市場価格体系と自らの個別的な目的との整合性だけを追求し行動するだろう。しかし、それを許容しない経済主体は代替的な目的のもとでの価値体系を前提にして自らの行動を決めるようになるだろう。

この複合的な価値体系の併存は、抽象的な問題ではなく、現にいまさまざまなところで問われている問題である。生産部門がある技術を導入するのに、現行の価格体系で十分な付加価値をあげることができるかという基準で決めるのか、それともそれが資源をより節約するあるいは廃棄物を減少させるかという基準で決めるのか、というのはいたるところで発生している具体的な問題である。われわれは後に具体例で示すように、付加価値生産ではまったく有効性を持たないような技術が資源の節約ではきわめて優れた技術となる場合が多いのである。新技術が付加価値生産という目的からどれだけ解放されるかが定常循環系のミクロ的基礎固めの重要な指標となるだろう。
脚注
(1)たとえば、古典派経済学者たちによって開発された労働価値説も提唱者たちの意図はどうあれ、目的に依存しない価値体系ではない。それは社会的に必要とされる労働を最小化するという目的を持った体系と考えることができるのである。(もどる
(2)価値の主観性に関しては、A.スミスの労働価値説を取り上げるとよい。スミスの労働価値は、その財の生産に必要とされる労働量という定義と、その財貨によって購買可能な労働量によって与えられるという定義の、二つのものがあることがよく指摘される。しかしそれはスミスがあらゆる財の中で「いつでもどこでも等しい価値を持つ」ものとして労働を考えていたという点をみない議論である。すなわち、スミスにとっては人々によって常に同じ主観的な価値評価が与えられるものとしての労働が問題だったのであり、その意味で財貨の価値を労働で計ることが主要な問題で、そのレベルが必要労働によって決まるのか、支配労働によって決まるのかは少なくとも主要な問題ではなかったといってよい。(もどる
(3)社会的な平均として与えられている利潤率よりも高い超過利潤をえるように技術を選択すると考えてよい。稼働水準の選択も技術選択と読みかえることができる。(もどる
(4)本書の全体を通じて、 \leq および \geq は左辺と右辺の要素の間にそれぞれの厳密な不等号が成立するかまたは等しい場合に用いられる。ベクトルに対してこの不等号が用いられた場合は、対応するぞれぞれの要素に関してこれが成立することを意味する。(もどる
(5)より一般的なモデルについては、置塩信雄、『資本制経済の基礎理論』、創文社、1965年刊、に、この新技術のもとで利潤率が増大する証明が与えられている。そして、簡単な計算で、この利潤率は成長率に等しいことが示せる。また、固定設備を考慮した例での利潤率が増大する証明は、中谷武、「利潤率・実質賃金率・技術変化---固定設備を考慮して---」、『経済研究』、Vol.29、1号、pp.72-77、1978年にある。ただし、われわれの結論は、結合生産を明示的に考慮していない技術体系のもとでのものであることに注意が必要である。結合生産を考慮した価値体系は、フォン・ノイマン体系の価格体系として与えられるが、この体系のもとでは必ずしも現行の価格体系で超過利潤を発生する新技術が成長率を高めるとは限らない。しかし、フォン・ノイマン体系は、われわれの議論した基本的な生産価格体系の一般化であって、少なくとも今日の技術体系のもとで価格体系の基礎的な部分はこの基本的な生産価格体系に規定されていると考えられる。結合生産が真に重要な意味を持っているのは、次章で議論するような、資源の経済の内部における循環を整合的に扱おうとする場合である。他に、J.E.Roemer, Analytical Foundations of Marxian Economic Theory, Cambridge Univ. Press: Cambridge, 1981.も参照せよ。(もどる
(6)われわれは、貨幣賃金率は労働者の実質的な必要消費支出をまかなう額に常に維持されているという仮定を採用していることに注意せよ。(もどる
(7)この点も含めて、このモデルを一般化した場合のさまざまな性質については、鷲田豊明、「順調拡大再生産経路の一般的展開とターンパイク安定性」、『六甲台論集』、第33巻、1号、1986年、pp.31-46。を参照せよ。(もどる
(8)この資源が前節の生産価格体系のモデルにおいても明示的に導入されているべきであると考えられるかもしれない。ここでは次のような意味で整合性を保持している。すなわち、本来地下に眠っている資源はいかなる意味でも生産コストがかけられていない。われわれが市場価格としてとらえられる資源価格は均衡では採掘から市場に出されるまでの費用に関して与えられるものである。前節の生産価格モデルでは、簡単化のために資源の採掘部門を独立させずに、資源の生産価格は工業部門の生産価格に含まれているととらえている。(もどる

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